大人になってから読んだ本

中学生の頃からは、読むとなったらマンガでした。
小説などの本は、ほとんど読んだ記憶がありません。

大学生になると、不思議な事が書かれた本は読みました。
でも、物語のような本は、やはり読まなかったですね。

たまに本屋さんで、話題になっているような本を、手に取ることはありました。

でも少し読むと、自分には向いていないと思って、元に戻しました。

何度かそんな経験をすると、大人が読む本なんて、面白くないものばかりだと、勝手に決めつけるようになりました。

それで、社会人になってからも、小説を読むことはありませんでした。

しかし、三十代に入ってから、何となく古本屋で、手に取った本を読んだ時、私は衝撃を受けました。

冒頭に記述された、物語の舞台の情景が、本当にそこにいるかのように、目に浮かんだのです。

思わず読み進めて行くと、主人公が登場するのですが、その暮らし様が、また目に浮かびます。

これは絶対に買うべきだと思い、すぐさまその本を購入しました。

それは藤沢周平氏が書いた、「蝉しぐれ」という時代小説です。

文庫本でしたが、他の文庫本と比べると、かなり分厚い本でした。

それでも話の展開が面白くて、二日かけて読み切りました。

その後も、藤沢氏の他の作品も読みたくなって、次々に購入しました。

むさぼるようにして読んだ本は、全部当たりでした。

私は、どうしてこの人の本は、こんなに心に響くのだろうと考えました。

そして、わかったのが、どの作品にも、著者の人柄が滲み出ているという事でした。

藤沢氏の作品に共通しているのは、一生懸命に生きている人の姿を、一生懸命に書き表している事です。

それは、懸命に生きる人々への、共感と励ましなのです。

藤沢氏は、ご自身が大変な苦労をされた方で、とても優しい人なのだなと思いました。

また、ユーモアもあって、読む者の心の緊張を、ふっと解いてくれるような、話し上手な方です。

作家は誰もが話し上手だと、思われるかも知れませんが、そうではありません。

作家によって、文章の文体は違いますが、そこには作家の人柄が表れています。

わかりにくい文体を、特徴とする作家もいるのです。

藤沢周平氏が登場人物たちを見る眼差しは、とても優しいのです。

また、この藤沢氏は山形の方なのですが、山形をとても愛しているのだという事も、読んでいて伝わって来ます。

作品に描かれた登場人物も舞台も、全て藤沢氏の心の中にあるもので、どの作品も藤沢氏自身の分身だと言えるでしょう。

だからこそ、藤沢氏の作品は心に響き、夕日が沈んだ後も紅く染まったままの空のように、読み終わってからも、心の中に深い余韻を残すのだと思います。

そんなわけで藤沢氏の作品は、私に読書の面白さを、思い出させてくれました。

それから藤沢氏以外の作品も、いろいろ読むようになりました。

しかし、読後に感動が胸に残る作品は、案外少ないと感じました。

藤沢氏以外で、私が心を惹かれた作家は、浅田次郎氏です。

とても有名な方ですが、とにかく泣かせるような物語を作るのが、得意な方です。

男とは、人とは、こういうものなのだと、訴えているような作品が、多いような気がします。

今の人たちは、本よりもネットゲームやネット動画に、夢中になっているようですが、何かのきっかけで読書も面白いと、思うようになるかも知れません。

ぜひ、そうなってもらいたいと思います。

全ての本が面白いとは、私は思いません。

自分に合う作家とは、滅多に巡り会えないかも知れません。

それでも、もし素敵な作家と出会えたなら、必ずや人生観が大きく広がるに違いありません。

本なんかつまらないやと、頭から決めてかからずに、機会があれば、本を手に取ってみるのも、いいと思います。

子供の頃に読んだ本

 ※PexelsさんによるPixabayからの画像です。

若者の読書離れが言われ始めて、もう30年になるそうです。

紙の本を読む人は、加速度的に減っていますし、電子書籍もその穴埋めをするには、至っていないようです。

今の人たちは、本を読むよりも、ネットゲームやネット動画の方が、面白いと言います。

私も若い頃は、読書をするよりも、マンガの方が面白いと思いました。

その理由を考えますと、マンガですから絵が描かれているので、わかりやすくて目を惹かれたのでしょうね。

子供用のマンガは、子供が喜ぶようなストーリーになっています。
それに本の話と違って、いきなり面白い展開が、始まったりします。

登場するキャラクターたちも、性格が一目瞭然で、すぐに好き嫌いの判断ができます。

本の場合は、しばらく読まないと、話の状況がわかりません。

登場人物についても、そうですし、ストーリーそのものも、読み進めて行かないと、気に入るかどうかの判断ができません。

よくわからないまま読み続けると、読むのに疲れて、もういいやとなってしまいます。

私が小学生の頃、小学館が出版した「世界の名作文学全集」というものがありました。

一冊が百科事典のように分厚い本で、一冊の中にいくつかの話が収録されています。

そんな本が、全50巻もあるシリーズで、それを私の父が購入しました。
もちろん、自分の子供に読ませるためです。

その子供とは、私と兄と弟の三人です。

しかし、兄も弟も読みません。
それで私が、読むしかありませんでした。

 ※Sofía López OlaldeさんによるPixabayからの画像です。

一冊を全部読んだと言えば、親に喜んでもらえるし、読まなければ、がっかりされてしまいます。

親の期待に応えるために、私は本を必死に読みました。

それでも一冊全部を読むのは、かなり骨が折れました。

子供向きの面白い話は、すいすい読めました。

でも、ちょっとむずかしい話だと、読んだというより、文章を目で追ったという感じでした。

ただ、あとでどんな話だったのかと聞かれるので、物語の要所要所は、押さえるようにしていました。

そうやって、五十巻全部を読み切ったのに、頭に残っている話は、ほとんどありません。
ただ、読んだというだけです。

この話はよかったなとか、また読みたいなと思ったものは、一つもありませんでした。

でも、学校の図書館で、自分で選んで読んだ本は、とても気に入り、何度も同じ本を借りて、読みました。

それは「うりんこの山」という、三匹のイノシシの子供たちの話でした。

やいば、いぶき、すずか、という名の三匹のうり坊たちが、成長して行く話です。

 ※北村けんじさんの「うりんこの山」

子供の本なので、挿絵がありました。
この絵も、何だかとても魅力的でした。

私は次男だったので、同じく二番目のうり坊、いぶきがお気に入りでした。

懐かしく思って、インターネットで調べてみると、すでに廃刊となっているようで、古本屋でも手に入らないみたいです。

私と同じように、子供の頃にこの本を読んで感動し、大人になってから探し求めている人が、何人かいらっしゃるようなので、何だか嬉しい気持ちになりました。

そうそう、思い出しました。
「世界の名作文学全集」の中にも、一つだけ印象の強かった話がありました。

それは「子鹿物語」です。
話の内容は、ここには書きませんが、有名な話なので、ご存知の方も多いと思います。

私はこの本を読んで、人間がとても嫌いになりました。

人間が自分の都合で、生き物の命を奪うのです。

それが生きる事だと、作者は伝えたかったのかも知れません。

でも、それこそ大人の勝手な考えでしょう。

その怒りは今でも、胸の奥に残っています。
ですから、この物語は繰り返して読んだりしていません。

ただ、「うりんこの山」にしても、「子鹿物語」にしても、子供だった私の心に、強い印象を残した点では、同じです。

そういう意味で、二つの物語は、どちらも優れた話なのだと思います。

そして本とは、そういうものでなければならないと、思うのです。

怪談話に思うこと

夏と言えば、昔は怪談というのが、お決まりでした。

夏休みには、よくお昼のテレビ番組で、「あなたの知らない世界」というのを、見ていました。

映画番組でも、四谷怪談や牡丹灯籠、番町皿屋敷に化け猫などは、毎年必ず放送されました。

こちらは夏に限りませんが、水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」や、楳図かずおの「赤ん坊少女」「黒いねこ面」などの漫画も、よく本屋さんで立ち読みしたものです。

こんな話をしても、若い人にはわからないかも知れませんね。

水木しげるは、妖怪漫画で有名な漫画家です。
そして楳図かずおは、人間の狂気や怨念を描く、恐怖漫画の漫画家です。

これらの怖い漫画を読んでいると、非日常の世界へ引き込まれてしまいます。

その怖さは、漫画を読んでいない時でも、心のどこかに残っていました。

でも、本当に怖いと思わされたのは、小泉八雲の怪談話でした。

私の父は五人兄弟の長男で、私が子供の頃には、父の末の弟になる叔父さんが、時々遊びに来ていました。

叔父さんは子供の私や兄弟に、小泉八雲の怪談・奇談という本を、よく読み聞かせてくれました。

とても読むのが上手な叔父さんで、私たち兄弟は、怖がりながら話を聞いていました。

中でも私のお気に入りは、「耳なし芳一のはなし」「むじな」「鳥取の蒲団のはなし」「死骸に乗る者」「破約」「幽霊滝の伝説」です。


「耳なし芳一のはなし」は、みなさんご存知、盲目の琵琶法師の話です。

平家の亡霊の前で、芳一が琵琶をかき鳴らして、平家物語を語ります。

 ※acworksさんによるイラストACからの画像です。

芳一が危険な状態にあると知った、お寺の和尚は、芳一の姿が亡霊から見えなくなるよう、芳一の全身に、お経を書きました。

しかし和尚は、両方の耳にだけ、お経を書き忘れてしまったのです。

芳一を訪ねて来た亡霊は、宙に二つの耳だけが、浮かんでいるのを見つけます。

芳一を連れて行けない亡霊は、代わりにその二つの耳を、もぎ取って去って行くのです。

私はこの話を聞くたびに、和尚をなじったものです。

そもそも芳一が危険な状態の時に、芳一を残して出かけるのかと、憤りました。

和尚は両耳をもがれて、血だらけになった芳一を見て、大いに悔やむのですが、奪われた耳は戻りません。

お経を書き忘れた事よりも、芳一より仕事を重視した、和尚の姿勢に問題がありました。

どんなに謝っても、取り返しがつかなくなる事があるのだと、私はこの話で学びました。


「むじな」は題名だけでは、聞いたことがないと言う人が、いるかも知れませんね。

でも、のっぺらぼうの話と言えば、ああ、あの話かと思い出されるでしょう。

そもそも、むじなが何なのかを、当時の私は、よくわかっていませんでした。

キツネやタヌキのように、人を化かす動物なのだろうとは思いました。

でも、実在する生き物なのかは、知りませんでした。

調べて見ると、むじなとは、アナグマのことのようです。

アナグマが人を化かすとは、聞いたことがありません。

 ※itkremさんによる写真ACからの画像です。

でも、むじなという呼び方になると、化かすようです。

そのむじなが、東京の赤坂通りの坂に現れて、そこを通る人を化かすという話です。

坂の途中で、しゃがんで泣いている、若い娘がいました。

その娘を認めた人が声をかけると、娘は立ち上がって、片手でつるりと、自分の顔を撫でました。

その顔は、目も鼻も口もない、のっぺらぼうでした。

驚いたその人は、慌てて坂を逃げ上り、そこにいた蕎麦屋に、今の話をしようとします。

すると、その蕎麦屋が自分の顔を、つるりと手で撫でました。

蕎麦屋の顔は、のっぺらぼうになりました。

とても単純でわかりやすく、それでいて怖い話です。

今でこそ、のっぺらぼうと言うと、どこかユーモラスな感じがします。

でも、当時の人にとっては、こんなに恐ろしいものはなかったでしょう。

むじなではありませんが、母方の祖父がタヌキに化かされて、同じ山道をぐるぐる回り続けたという話を、聞いたことがあります。

祖父が困っていると、山犬が現れて、その山犬が祖父を先導する形で、家まで戻してくれたそうです。

どこまで本当の話なのかは、わかりません。

でも、むじなの話も、祖父の話も、自分が知らない間に、異世界に引き込まれることがあるのだと、思わされる話でした。

 ※かえるWORKSさんによるイラストACからの画像です。

「鳥取の蒲団のはなし」は悲しいお話です。

鳥取で新しく開いた宿屋が、初めての旅人を迎えた時のこと。

旅人が寝るのに使った蒲団が、一晩中、「あにさん寒かろう?」「おまえ寒かろう?」と喋り続けたと言います。

その話を聞いた宿屋の主人は、蒲団を買った店へ行き、その蒲団の出所を確かめました。

そうして何軒もの店を渡り歩いた後、蒲団は町外れの小さな家の、家主が売りに出したものだとわかりました。

かつてその家には、両親と幼い兄弟二人の、貧しい家族が住んでいました。

しかし、両親は次々に亡くなり、残された兄弟は、鬼のような家主に、家を追い出されたのでした。

食べる物もなく、着る物もない幼い兄弟は、極寒の中、二人で蒲団にくるまり、「あにさん寒かろう?」「おまえ寒かろう?」と互いを思いやっていました。

しかし恐ろしい家主は、兄弟からこの蒲団さえも、奪い取ってしまいます。

それから何日も経った頃、兄弟は雪の中で、冷たくなって見つかりました。

宿屋の主人は、お寺のお坊さまにお願いして、兄弟のために祈ってもらいました。

すると蒲団は、もう物を言わなくなりました。

私はこの話を聞くたびに、この兄弟が可哀想でたまらなくなりました。

また、鬼のような家主が、憎くて仕方ありませんでした。

この話は私の人間形成に、大いに影響を与えたのではないかと思っています。

自分だったら、こんな場面に出会したら、どうしていただろう。
自分がいたら、この兄弟を絶対に助けてあげたのに。

そんな思いが、ずっと私の心に残り続けていました。


「死骸に乗る者」「破約」「幽霊滝の伝説」の三編は、ほんとに怖い話です。

映画や絵本ではありませんから、映像はありません。

しかし、叔父が言葉を発するたびに、私の目にはその光景が浮かぶのでした。

「死骸に乗る者」は、男に騙され、男を恨みながら死んだ女が、死骸になってから、相手の男を殺しに行くという話です。

 ※『瞽女(ごぜ)の幽霊』(3代歌川広重 画)の一部

陰陽師から危険を知らされた男は、陰陽師の言葉に従って、一晩中、女の死骸の髪を両手に巻きつけ、その背にまたがり続けるのです。

相手の男を背負っていることに、死骸は気づかないまま、一晩中、男の行方を探し求めます。

結局、男を見つけられなかった死骸は、元の場所に戻って、ただの死骸に戻ります。

「破約」は、死を迎えた妻に、夫の武士が再婚はしないと、誓うところから始まります。

妻は自分の墓に、小さな鈴を一つ入れるよう願い、息を引き取ります。

しかし、結局夫は妻の死後、妻との約束を破って、新しい妻を迎えます。

その新妻の元へ、夜な夜な鈴の音と共に、死んだ前妻が現われ、新妻に家を出て行くよう迫ります。

家を出て行かず、このことを夫に喋ったならば、八つ裂きにすると言い置いて、前妻は姿を消します。

新妻は里に帰りたいと申し出るも、夫は理由も聞かずに返せません。

そこで新妻は、前妻が現れた話をしました。

夫は新妻が里帰りすることを許さず、前妻から守ると約束をしますが、結局、新妻は前妻の亡霊に、首をもぎ取られてしまいます。

 ※幽霊図(左は河鍋暁斎 画 右は渓斎英泉

「死骸に乗る者」も「破約」も、女性の執念というものを描いていますが、悪いのはどちらも男です。

私は亡霊たちを、恐ろしいと思いながらも、同情する気持ちも持ちました。

そして、自分は決して、こんな男たちのようにはなるまいと、心に誓ったものです。


最後の「幽霊滝の伝説」は、冬の夜、仕事を終えた麻取り女たちが、怪談話に興じているうちに、幽霊滝へ行ってみようかと、誰かが言い出します。

しかし、怖いですから、誰も行こうとはしません。

そんな中、お勝という、名前のとおり勝ち気な女性が、自分が行くと手を挙げました。

幽霊滝まで行って来たら、今日取った麻を、全部自分がもらうと、お勝は言いました。

他の女たちはそれを了承し、滝まで行った証拠に、滝にある小さな賽銭箱を、持って来るようにと、条件を出しました。

寝ている二歳の子供を、背負ったお勝は、幽霊滝へ向かいます。

滝に着いて、賽銭箱に手を伸ばすと、「おい、お勝さん」という声が聞こえました。

お勝はひるまず、賽銭箱を抱えると、一目散に麻取り場へ戻りました。

 ※SadChellさんによる写真ACからの画像です。

みんなはお勝の大胆さを称賛し、麻を全部お勝にあげる、と言いました。

そして、お勝が背負った子供の世話を、しようとした時、子供の着物に血が付いているのに、気がつきました。

着物からは、手と足ばかりが出ていて、子供の頭は、ありませんでした。

「ゲゲゲの鬼太郎」の話には、よく「入らずの山」というものが出て来ます。
決して人が、立ち入ってはならない山という意味です。

この幽霊滝も、この「入らずの山」と同じようなものなのだと、私は思いました。

人が触れてはならないものがあって、それに触れると、恐ろしい目に遭うのです。

この話では、お勝に対して、警告らしき言葉が発せられています。

しかし、お勝はその言葉を無視して、自分が麻を独り占めできることだけ考えて、賽銭箱を盗むのです。

この話は、現在のいろんな場面に、当てはまるのではないかと、大人になってから思うようになりました。

右を向いても左を向いても、権力や金や名誉欲しさの、業突く張りばかりです。

自分の利益や保身のために、平気で他人の権利を侵害したり、自然環境を破壊したりします。

あとで処理する能力もないくせに、原子力を推進しようとするのも、同じことでしょう。

そう考えると、「幽霊滝の伝説」は、かなり奥の深い話なのですね。

怪談話は、怖いばかりではありません。

読み方によって、多くの教訓を読み取ることができるのです。


もう一つだけ紹介したい話がありました。
それは「はかりごと」です。

この話では、打ち首になる罪人が、打ち首を命じた殿さまを、呪ってみせると誓います。

首切り役人は、呪うと言うのならば、その証拠を見せろと、罪人に言います。

そして、首を切られた後、生首のまま目の前にある石に、かじりついて見せよと命じました。

いきり立った罪人は、絶対に石にかじりついてみせると宣言し、その言葉を呟きながら、首を切り落とされます。

果たして、転がり落ちた首は、罪人の言葉どおりに、石にかじりつきました。

首はしばらく必死にかじりついた後、力尽きました。

それを見て、恐れおののく人々に、首切り役人は涼しい顔で言います。

断末魔の最後の一念が、恐ろしいのは事実であり、その一念を復讐に向けられては、危ないところだった。

しかし、男は石にかじりつくことに、その一念を当てたため、復讐のことは頭になく、何も心配はいらない。

そして、その言葉どおり、男が祟ることはありませんでした。

この話も、とても興味深いものです。

死に際の一念の、重要性というものを、昔の人は、よくわかっていたのでしょう。

安らかな死を迎えることが、どれだけ大切なのかが、この話を読めば理解できます。

この世への未練もなく、満ち足りた心で死を迎えた者は、満ち足りた世界へ、向かうことになるのでしょう。

一方、恨みや妬み、未練などを抱いたまま死ぬと、その一念に引っ張られ、幽霊となってこの世を漂うことに、なるのかも知れません。

どんなに人から羨まれるような、人生を送っていたとしても、心が汚れたまま死を迎えたら、その心に応じた結果が、待ち受けているとも言えます。

逆に、どんなにつらく困難な、人生を送ったとしても、最期によかったと思えるのであれば、その人は報われるに違いありません。

この「はかりごと」も、まことに奥が深い話です。

いや、怪談というものが、奥が深いものなのでしょうね。

銀河鉄道の夜

宮沢賢治という方を、ご存知でしょうか。

「銀河鉄道の夜」という物語を、世に出した方だと言えば、うなずく人も多いと思います。

他にも「雨ニモ負ケズ」という詩が有名です。

 ※あみん30さんによるイラストACからの画像です。

宮沢賢治は、とても独特な雰囲気の文体を用いる方です。

物語でよく描かれているのは、自然の中の生き物や、田舎の人々です。

個性的な表現の中に、科学的でハイカラな言葉が散りばめられ、何より思いやりのこもった優しさが、文章全体に満ち満ちています。

それは宮沢賢治が、世界や人生について深く考え、貧しく恵まれない人々を励ましたいと、心から願っていたからに違いありません。

宮沢賢治は多くの作品を創っていますが、その中でも、「銀河鉄道の夜」は格別だと思います。

まず、銀河鉄道という言葉が、ずいぶん洒落ていると思いませんか。

当時、宮沢賢治が暮らしていた岩手では、蒸気機関車は時代の最先端の乗り物でした。

蒸気機関車は、遠くにある未知の世界へ向かって、どこまでも自分を運んでくれるような、気分にさせてくれたのでしょう。

そして、今はどこでも見られるわけではなくなった、美しい銀河の夜空。

宮沢賢治が見上げた夜空には、いつも不思議な銀河が、広がっていたのでしょう。

宮沢賢治には、二つ違いの妹がいました。

でも、賢治が26才の時、妹のトシは結核で亡くなります。
可愛がっていた妹の死は、賢治を深い哀しみに追いやりました。

死んだ者がどこへ行くのか、賢治は探求していたようです。
しかし、死者の行き先など、わかるはずもありません。

無限の宇宙を眺めていると、その先に天国があるように、思えたのでしょう。

そこへ行けば、亡くなった妹にも会えると、賢治は考えていたのに違いありません。

 ※星旅人さんによる写真ACからの写真 です。

「銀河鉄道」とは、祭りの夜に満天の星空を見上げながら、いつしか眠ってしまった主人公のジョバンニが、見た夢の話です。

ジョバンニは親友のカムパネルラと一緒に、銀河鉄道に乗って、宇宙を旅します。

旅の途中で、不思議な人々に出会ったり、神秘的で少し怖い感じの場所に、たどり着いたりします。

ジョバンニは、どこまでもカンパネルラと二人で、旅をしたいと考えていました。

しかし、気がつけばカムパネルラはいなくなり、ジョバンニは独りぼっちになってしまいます。

全てはジョバンニが見た夢でした。

ジョバンニが町へ戻ると、町は大騒ぎでした。

カムパネルラが川で溺れた級友を助けながら、自らは水に沈んだと言うのです。

それはちょうど、ジョバンニがカンパネルラと一緒に、銀河鉄道の旅をする夢を、見ていた時でした。

私がこの物語を読んだのは、まだ学生の時でした。

とても不思議で切なくて、生きているということが、嬉しいのに悲しい、そんな気持ちにさせられました。

人は死んだらどうなるのだろう。

そんなことを真剣に考え始めていた頃でした。

銀河鉄道の夜は、今でも大好きな物語ですが、当時の私に、大きな影響を与えた本の、一つでもありました。

宮沢賢治の深い洞察力と、博学の知識、そしてそれを物語に創り上げる文才は、本当に素晴らしいと、今でも思っています。

ただ、昔この物語を読んだ時と今では、少し受け止め方が違います。

今の私には、銀河鉄道の夜が、宮沢賢治が創作した物語と言うよりも、宮沢賢治の叫びであるような気がするのです。

ずっと苦労をして、悲しみを背負い、貧しい人々のために生きて来て、それでも思ったようにならない苦悩と絶望。

膝折れて、倒れ込んでいまいそうな中、それでも宮沢賢治は、自分を導く光を、感じていたのだと思います。

銀河鉄道の機関車は、その光が差す方向へ向かって、進んでいたのでしょう。

まだ生きている自分は、最後まで機関車に乗ることは、できなかったけれど、最後にはあの機関車に乗って、光の世界へ行けるんだ。

そんな想いを叫んだのが、銀河鉄道の夜ではないか、と感じるのです。

 ※Gerd AltmannさんによるPixabayからの画像です。

もののけ姫

 ※ぬ文ちゃんさんによる写真ACからの写真です。

今治の映画館で、ジブリ作品を上映中なので、昨日、家族と一緒に、もののけ姫を観に行きました。

ちなみに今治は、松山市の北西に隣接しています。
しまなみ海道で本州の広島とつながっている、造船とタオルで有名な町です。

もののけ姫を観たのは久しぶりですが、あの映画は奥が深いですね。
ただ面白いだけの映画とは違います。

宮崎駿監督は、本当にすごい方だと思います。

この作品をご覧になった方は、多いと思いますが、あえて物語の概要を、説明しておきます。

ある日、東国にある村が、祟り神と化した、巨大イノシシに襲われます。
主人公のアシタカは、弓で祟り神と戦い、見事に討ち取りますが、その際に呪いを受けてしまいます。

 ※Hebi B.さんによるPixabayからの画像です。

何故、イノシシが祟り神になってしまったのか。
それを物語るような、鉄の玉がイノシシの死骸から見つかります。

アシタカは呪いを解く方法を探しながら、イノシシが来た西国で、何が起こっているのかを、確かめる旅に出ます。

旅の先でアシタカが知ったのは、虐げられていた女たちが、自由と引き換えに鉄を作るたたら場と、そのたたら場を狙う侍たちの争いでした。

たたら場の者たちは鉄を求めて、いにしえの神が暮らす、山を切り開こうとして、そこに暮らす山の主たちと、争いを繰り広げます。

そこに不老不死を求める帝の命で、生命を司るダイダラボッチの首を狙う、密命団が加わり、争いは二重、三重と絡み合って行きます。

山の主たちも一枚岩ではなく、人間との争いが理由で揉め合い、冷静さを失って行きます。

山の主の一つ、山犬のモロは人間の娘、サンを我が子として育てていました。
そのサンの存在も、山の主たちのいがみ合いの、原因となっています。

 ※Andrea BohlさんによるPixabayからの画像 です。

アシタカは呪いに苦しみながら、争いを鎮め、平和的な解決を探ろうとします。

しかし、アシタカの声は誰の耳にも届かず、争いは拡大して行き、最終的にダイダラボッチは、首を奪われてしまいます。

首を奪われたダイダラボッチは、首を探し求めて、それまで守って来たはずの森を、崩壊させてします。

アシタカとサンは、ダイダラボッチの首を奪い返し、ダイダラボッチに返します。
しかし、首を取り戻したダイダラボッチは、朝日を浴びて消えてしまいます。

その時に、死んだ山々は生き返り、崩壊した森は蘇ります。
ただ、ダイダラボッチはいなくなり、多くの山の主たちも失われました。

互いに惹かれ合うアシタカとサンは、時々逢う約束を交わして、それぞれ人里と山に別れて、暮らすことになります。

物語は、ざっとこのような感じで、無益で馬鹿げた争いがもたらしたものと、それでも再生される生命を、表現していました。

 ※RERE0204さんによる写真ACからの画像です。

物語の舞台は、遥か昔の日本のようですが、その頃の時代を借りて、現代の私たちを描いているように見えます。

あるいは、人間というものは昔も今も、中身は何も変わらない、ということなのかも知れません。

争う人々には、それぞれの事情や言い分があります。
しかし、違う立場の者の気持ちを、思いやる姿勢を見せません。

自分の立場を守ることに、終始している姿は、エゴそのものです。

人間と対立する山の主たちは、自然を守る立場に、立っているつもりです。
しかし、イノシシたちが山を荒らすと、山犬はこぼしています。

彼らは自分たちこそ、神を護る存在だと主張しています。
でも、神であるダイダラボッチは、山の主たちのことなど、何とも思っていない様子です。

これは山の主たちの姿を通して、自分こそが神の意思を伝える者だと主張している、多くの宗教関係の教祖や、自分たちこそが自然を守っているのだと訴える、自然保護団体などを表しているように見えます。

自然の生命そのものであるダイダラボッチは、山の主であろうと人間であろうと森の木々であろうと、お構いなしにその命を奪ったり、あるいは命を与えたりしています。

それは自然の本質というものが、様々な考えや理屈を超えたものであることを、示しているのだと思います。

そして、自然と対峙しているつもりの人間も、自然の一部に過ぎないことを、伝えているのでしょう。

死ぬという現象は、命を失う、あるいは命を奪われるということです。
生命そのものであるダイダラボッチには、死ぬという状態はありません。

死ぬことがない代わりに、自然はバランスが崩されると、安定を求めて暴走状態になります。
首を奪われたダイダラボッチが、まさにそれです。

 ※Keli BlackさんによるPixabayからの画像 です。

現代社会でも人間が、科学の発展や生活の便利さを口実にして、自然環境を破壊しています。

そのしっぺ返しとして、気候変動、アレルギーや癌などの疾病、食糧危機などの危機に、さらされているのです。

悪いのは人間であっても、一度バランスを崩した自然は、そこに存在する者全員に対して、見境なく牙を剥きます。

そうして多くの命が奪われた後、やがては再び安定を取り戻した自然から、新たな生命の息吹が生まれるのです。

それを人が、どのように判断するかは、関係ありません。
それが自然というものなのです。

 ※Sumit PatelさんによるPixabayからの画像です。

アシタカとサンが、人里と山に別れて暮らすのは、惹かれ合う二人が、人間と自然を結びつける、絆の役割を果たすことを、示しています。

ダイダラボッチが朝日に当たって消えたのも、人間が自然を自分たちと別物だと、見なさなくなることを、示唆していると思います。

人は自然の一部です。
たとえ別物に見えたとしても、根っこでつながっているのです。

こういう事を言葉にして、一つ一つ語ったところで、なかなか相手に伝わりません。

話を聴いてもらえたとしても、次の日には忘れられてしまうでしょう。

しかし、宮崎監督はアニメという技法と、綿密に練られた物語を通して、とても多くの深い事柄を、たった二時間弱という時間の中で、世界中の人々に伝えたのです。

この作品は一度観たから、もういいやというレベルのものではありません。
何度観ても、また観てみたいという作品です。

ですから、作品に込められたメッセージは、忘れ去られることなく、人々の心に知らず知らずのうちに、焼き付かれることでしょう。

本当に素晴らしい作品でした。

囲碁

 ※遊歩楽心さんによる写真ACからの写真です。

私は囲碁初段です。

囲碁を覚えたのは、三十年ほど前のことです。

当時の職場の同僚が、囲碁が好きな人で、その方の勧めで覚えました。

子供の頃は、親や友だち相手に、将棋を楽しんでいました。

碁石で遊ぶゲームでも、知っていたのは五目並べです。
囲碁なんてものは、全く知りませんでした。

成長するにつれて、囲碁という遊びがあるのは、知るようになりました。

でも、囲碁に接する機会などなく、囲碁への興味も湧きませんでした。

それでも三十年前、同僚の熱心さにほだされて、わけがわからないまま、囲碁を始めたのです。

囲碁の碁盤には、マス目を描くような、縦横の線が描かれています。
線の数は、縦横ともに19本です。

対局は黒石を持つ方が、先に石を置きます。
石の置き場所は、マス目の部分ではなく、線が交差した所です。

四隅の角の点を含めて、全部で361ヶ所あります。
そのどこへ置いても、構わないのです。

そうやって互いに石を置いて行き、囲った陣地が、多い方の勝ちとなります。

将棋に馴染んでいた私にとって、囲碁は全く未知の領域にありました。

石はマス目の中に置きませんし、それぞれの石には個性がありません。

石の置き場所も、将棋の駒の置き場所と比べると、4倍以上あります。

盤面がそれほど広いのに、一つ置き場所がずれるだけで、その後の展開が、全然違うものになるのです。

そこが囲碁の面白味なのでしょうが、覚え始めの頃は、面白味なんてわかりません。

囲ったつもりの陣地でも、簡単に崩されてしまいます。

その悔しさに、いつの間にか必死になって、勝つための勉強をしていました。

その結果、一年で初段の免状を、もらえることになりました。

その後、その方とは職場が離れ、誰かと対局することも、ほとんどないままです。

でも、たまに暇があれば、コンピューターゲームの囲碁を楽しんでいます。

陣地の囲い方には、地道にコツコツ稼ぐやり方や、大風呂敷を広げて、一攫千金を狙うやり方、どこを囲うつもりなのか、すぐにはわからないようなやり方など、いろいろあります。

相手の石を隙間なく囲うと、その石を捕虜として頂けるという、決まりがあります。

相手の石がなくなった所は、自分の陣地となります。

それに加えて、打ち切った最後に、捕らえた石で相手の陣地を、埋めることができます。

そうやって陣地を囲うというより、相手の大きな石の集団を、ごっそり捕虜にして勝つ、というやり方もあるのです。

どんな打ち方をするかは、全くの自由です。
好きなように、打てばいいのです。

 ※物好きさんによる写真ACカラの画像です。

あくまで素人の囲碁の話ですが、みなさん、打ち方には癖があります。

攻撃的な性格の人は、どうしても相手の石を、ごっそり捕虜にしようとします。

コツコツやるタイプの人は、そのように陣地を稼ごうとします。

見ていると、その人の性格が、盤上に現れるので、面白いですよ。

その結果、負ける時は、いつも同じような理由で、負けてしまうのです。

負けた方は、あそこをこうすればよかったと、反省はします。

でも、次の対局が始まると、また同じような事をしてしまうのです。

囲碁は人生の鏡と、言われることがありますが、そのとおりだと思います。

加えて思うのは、本当に戦う相手は、目の前にいる対戦相手ではなく、自分自身の心だという事です。

自分の性格とその弱点を知りながら、心の弱さのせいで、それをなかなかコントロールできません。

圧倒的な力の差がある場合は別ですが、似たような力量の者同士の対戦では、負ける原因は、己の心の弱さなのです。

懸命に考えているつもりでも、打ち間違えてしまうことは、お互いにあります。

その時に、冷静にそれに対処できた方が、勝利するのです。

しかし、不安や焦りが冷静さを失わせ、打たなくてもいい所や、打ってはいけない所に、つい石を置いてしまうのです。

これって、人生で焦っている時と、よく似ているでしょ?

また、同じような失敗を繰り返す原因の一つに、同じ打ち方しかしない事があります。

自分の好みは、こういう打ち方なんだと、自分の打ち方を貫くのも、一局の碁です。
それは、その人の美学なのでしょう。

でも、腕を上げるという目標に立つならば、自分が好まない打ち方も、研究する必要があるのです。

試してみれば、意外に自分に合っている所が、あるかも知れません。

あるいは、その打ち方を応用する事で、新たな打ち方を、会得できる可能性もあるのです。

他の人の打ち方を認めなければ、上に上がれないのが囲碁です。

それと同じで、他人の価値観を認められないと、人間としての成長はありません。

私は囲碁を通して、そういう考え方を学ばせてもらいました。

でも、こういう事は、将棋でも他のゲームでも、言えると思います。

ゲームとは、人生を振り返るためのもの。
そう理解して楽しめば、それまでとは違った楽しみ方ができますよ。

一度、お試しあれ。


ピアノの思い出

 ※nightowlさんによるPixabayからの画像 です。

私は小学生の頃に、ピアノを習っていたことがあります。

望んで習ったわけでは、ありません。
父親がピアノがある暮らしに憧れて、箱形ピアノを買ったからです。

私は三兄弟の真ん中なのですが、初めは兄弟全員に、ピアノを習わせると言われました。

でも、兄は初めから拒絶して、習いませんでした。
弟は習い始めて、すぐに挫折。

親の期待は、私一人にかけられることになりました。

もう、やめたくても、やめたいと言えません。
毎週末の土曜日に、私は一人でピアノ教室へ通いました。

当時は土曜日の午前は、学校で授業がありました。
でも、午後は休みです。

子供にとっては、日曜日に次いで、貴重かつ重要な遊び時間でした。
その土曜日の午後に、ピアノのレッスンがあったのです。

ピアノを習い始めたのは、六年生になってからでした。

それまでは土曜日の午後は、友だちと目一杯遊んでいました。
それなのに六年生になってからは、レッスンが終わらないと、遊べなくなったのです。

学校が終わると、友だちは近くの空き地に集まって、野球をして遊んでいました。
真っ直ぐピアノ教室へ行くには、その公園の横を、通らないといけません。

当時、ピアノを習うのは、女の子と決まっていました。
男の子がピアノを習ったりしたら、女みたいな奴と、馬鹿にされてしまいます。

そういう子供の世界の事情を訴えても、親はわかってくれませんでした。

それで、ピアノを習いに行く時には、別の道を通って遠回りをしました。

公園の横を通る時には、こっそり友だちの様子をうかがいました。
そして、みんなの目がボールを追った時に、猛ダッシュで駆け抜けるのです。

そんな苦労をして着いた教室の中は、確かに女の子ばかり。
男の子は私一人で、とても居心地が悪かったですね。

居心地が悪かったと言うと、こんな話もあります。

結婚した頃の話ですが、家内に宝塚歌劇を見たいと言われました。
それで一度だけ、劇場へ行ったことがあるのです。

建物の中には宝塚歌劇のファンの人たちが、あふれんばかりにいました。
全員が女性でした。

 ※photoBさんによる写真ACからの画像です。

建物に入ると、その人たちの目が、一斉に私に向けられたのです。
何も悪い事はしていないのに、責められるような目でした。

別に間違って女子トイレに、入ったわけではありません。
ちゃんとチケットも買いました。

それなのに、男である事が罪なのだと、言わんばかりの視線でした。

それと同じような雰囲気が、ピアノ教室にはあったのです。

先生は教える立場ですから、私を嫌な目で見たりはしません。
でも、生徒である女の子たちの目は、妙なものを見ている感じでした。

また、レッスンのない日も、毎日家で練習をしないといけません。
他にやりたい事があっても、練習が終わらないと、許されないのです。

まるで何かの罰を、与えられているような感じでした。
ピアノを楽しいと思った事は、一度もありませんでした。

ピアノのレッスンは、中学生になっても続きました。
でも中学一年生の夏に、家を引っ越しする事になり、ピアノ教室も終わりとなりました。

引っ越し先で、別の教室に通うかと、親から問われました。
でも、この時はきっぱりと断りました。

引っ越しで友だちと別れるのは、確かに寂しかったです。
でも、それ以上にピアノから解放された、喜びは大きかったですね。

今から20年ほど前でしょうか。
親しくしていた家族が、アメリカへ引っ越しする事になりました。

その家にはピアノがありました。
その時に、そのピアノを譲ると、言われたのです。

ピアノは高価ですから、初めは断っていました。
でも、どうしてもと言うので、もらう事にしました。

せっかく頂いたので、いたずらで私は、そのピアノを弾いてみました。

でも、それほど長く習っていたわけではありませんし、上手でもありませんでした。

しかも、ピアノをやめてから、長い年月が経っています。
弾けるわけが、ありませんでした。

そんな頃、私はある女性ピアニストの曲にはまりました。
西村由紀江さんです。

彼女が奏でるメロディーは、とても優しく温もりがありました。
技術を聴かせるのではなく、心の声を音色に変えているようでした。

私は彼女の曲を弾いてみたいと思い、何冊も彼女の曲の本を、買い集めました。
そして、片っ端から弾きました。

 ※StockSnapさんによるPixabayからの画像です。

初めは、ゆっくり音を確かめながら弾きました。
思ったように指は動きません。

でも、弾きたい一心で練習をしました。
すると、少しずつ弾けるようになり、最後には間違えずに、弾けるようになりました。

弾く時には、ただ音を鳴らすのではなく、自分の心を音に載せるのです。

曲を作ったのは、西村由紀江さんですが、その曲を弾くのは私です。

私の指が奏でる音は、彼女の曲を通して表現された、私の心の音色なのです。

私は初めて、ピアノが楽しいと思いましたし、素晴らしいものだと理解できました。

 ※Gerd AltmannさんによるPixabayからの画像です。

ピアノを習わされた事は、子供の頃の私には、苦痛以外の何物でもありませんでした。

でも、そのお陰で音楽の世界に、足を踏み入れる事とができたのです。
親には感謝しかありません。

それに音楽というものが、人間にとって何なのかがわかって、嬉しく思いました。

音を楽しむと書いて音楽なのに、日本人は音楽を、楽しめているとは思えません。

楽しむとしても、たいてい誰かの演奏や歌を、聴いて楽しむのです。

自分が演奏して楽しむ人は、それほど多くはいないでしょう。

みんな、そんな事ができるのは、特別な人だけだと、思い込んでいるのです。
昔の私と同じです。

でも、それは教育による洗脳です。
子供に完璧を求めようとする、学校教育の弊害なのです。

音楽とは、言葉よりももっと直接的な、心の表現です。

聴いて楽しむのは、演奏している人の想いに、自分の心を寄せるものです。

でも、自分が演奏する時は、それが何の曲であれ、奏でる音色は、自分の心そのものです。
聴いて楽しむのとは、全然違うのです。

音を奏でる事だけに集中すると、自分がメロディーそのものに、なったように感じます。
肉体の存在も、雑念も消え去り、心はメロディーだけになるのです。

素人の私が言える事では、ないかも知れません。
でも、私はそう感じました。

音楽に限りませんが、自分が興味がある事は、どんどんやってみるべきだと思います。

特に音楽や絵画などの芸術は、心を表現するものです。
それは自分だけのものなのです。

年齢なんか関係ありません。
経験があるかどうかも、どうでもいい事です
上手か下手かも、気にしなくていいのです。

いろいろ言う人もいますけど、放って置きましょう。
そういう人は楽しんでいる人に、やきもちを焼いているだけなのです。

 ※Gerd AltmannさんによるPixabayからの画像です。

言語や態度、表情以外に、自分を表現できる方法を、手に入れるのは素敵な事です。

しかも、言葉よりも心に近い表現方法です。

口で言えない事も、奏でる音で表現できるのです。

想いを心に溜め込むと、病気になってしまいます。
でも、自分の気持ちを表現できれば、すっきりします。

それが他の人に通じれば、そこに喜びを見つけるでしょう。
挑戦してみて、何も損をする事はありません。

音楽や芸術を、日常生活に取り込めたなら、その人の人生や暮らしは、きっと豊かなものになると思います。

やっぱりブログは難しい

ブログのことがわからないなりに、ここまで何とか記事を、毎日投稿して来ました。
ですが、ふとブログページのアドレスバーに目をやると、セキュリティ保護なしと、書かれているではありませんか。

ぎょっとして他のページを見てみると、他の所はその部分に、鍵の絵が出ているのです。
ところが、私のブログのページだけ、セキュリティ保護なしと、出て来るのです。

ブログを開設する時に、SSL認証の手続きはやりました。
ですから、サイトのアドレスは http ではなく、https になっています。
それなのにセキュリティ保護なしって、どういうことなんだ!

慌ててネットの記事を調べ、同じようなことで困った人がいないか、調べてみました。
すると、さすがはネットですね。
同じことで悩んでいた人がいました。

それでわかったのは、ブログのサイトを https のアドレスに変えたとしても、ブログで使用している写真なんかのアドレスが、http のままになっていると、安全ではないと判断されるということでした。

何だ、そういうことか。
まだ、ブログを始めて一ヶ月も経っていません。
アップロードした写真の数も、知れています。

そこで写真の保存場所の url を、全部手作業で http から https に修正しました。
ところがブログのサイトは、セキュリティ保護なしのまんまです。

もう、どうすりゃいいんだと憤りましたが、ここで諦めるわけにはいきません。
気を取り直して、もう一度調べてみました。

それで理解したのが、とにかくブログのページを表示するための、データの中に http と書かれた所が,、あるはずだということです。

一番可能性があるのは、写真です。
でも投稿した写真は、全部修正しました。

他に何があるのか、皆目見当がつきません。
その時に思いついたのが、ページのソースを調べるということでした。

ソースには、ページの情報が書かれています。
ここを見れば、どこに httpと書かれてあるかがわかります。

表示したソースを http で検索した所、一番初めの辺りに一つ、http とありました。
やった、これだ!

だけど、これは一体何だろうと、首を傾げて考えました。
それで、やっとわかったのです。

それは、プロフィールに載せた、私の写真でした。
これは投稿記事の写真とは違うので、すっかり見落としていました。

そこで、プロフィールの写真を確かめてみると、ありました。
写真の在処が、http のままです。

それをhttpsに修正し、天に祈りながらブログのページを開きます。

そこには、他のページと同じ鍵の絵がありました。
見事、セキュリティ保護なしの、言葉は消えています。

やれやれでした。

読書

みなさんは外出を自粛している間、どう過ごされていましたか。

スマホやパソコンで、インターネットを楽しんでいましたか。
あるいは、テレビやビデオ鑑賞で、何とかやり過ごしたのでしょうか。

 ※StartupStockPhotosさんによるPixabayからの画像です。

私もパソコンやテレビで、何となく時間を潰すことが、多かったですね。

だけど、昔読んだ時代小説も、久しぶりに読んでみました。

その小説を最初に読んだのは、ずいぶん前のことです。
なので、読み返した時には、話の流れをよく覚えていませんでした。

お陰で、新鮮な気分で読むことができ、お得な気分を味わえました。

 ※u***********************pさんによる写真ACからの写真です。

物語を読み進めて行くと、本に描かれている情景が、頭の中に浮かびます。
頭の中で、映画を上映するようなものです。

本物の映画と違うのは、登場人物の思考や感情が、直接わかるという事でしょうか。
映画よりも、ずっと臨場感があります。

ですから、私は一度本を読み始めると、そこに描かれた世界にのめり込み、なかなか途中でやめることができません。

本はそれほど面白いのです。

最近、本を読む習慣がない人が、増えていると聞きます。
でも、本はいいですよ。

何の本がいいかは、個人によって好みが異なると思います。

どんな本でも構いません。
とにかく本を手に取り、それを書いた人の世界を、体験して下さい。

 ※deloさんによるPixabayからの画像です。

ところで考えてみると、本って不思議なんですよ。
本って、紙とインクだけなんですね。
文字を知らない生き物にとっては、それはただの紙の集まりなのです。

だけど、文字を理解できる者は、そこに世界が封じ込められている事がわかります。
本は別世界へリンクした、秘密の入り口なんですね。

そして、その世界を覗けるのは、そこに書かれた言葉を、理解できる人だけなのです。

 ※Daria GłodowskaさんによるPixabayからの画像です。

外国語で書かれていると、それは暗号が書かれているのと同じです。
でも暗号を解読するように、その外国語を勉強して、理解できるようになると、目の前に封印されていた世界が広がるのです。

一冊の本とは、一つの世界なんです。
一冊の本を持ち運ぶのは、一つの世界を運んでいるのと同じです。

表紙をめくるまで、それは本と呼ばれる、紙の積み重ねに過ぎません。
でも表紙をめくった途端、飛び出す絵本のように、その中から世界が飛び出して来るのです。

 ※TumisuさんによるPixabayからの画像です。

本を読んで、中に書かれていることを理解する。
こんなのは、子供の頃からやっている、当たり前のことです。

だけど、これって本当に不思議で、面白いことなんですよ。