結婚とは その2

人生において、結婚は重視される傾向にあります。

確かに、結婚によって人生が豊かになることや、多くを学べることはあります。

しかし、必ずしもそうではありません。

結婚は人生の終着駅だとか、結婚は地獄だとか、半分冗談半分本気で言う人もいます。

結婚が自分がイメージしたものとは違うとか、結婚によって自由がなくなったなどと、考える人にとっては、結婚なんてするんじゃなかった、ということになるでしょう。

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では、何故結婚したのでしょうか。

それは、結婚とはいいものだという話を、耳にしたからかもしれません。

大抵の場合、結婚はいいよと聞かされると、結婚相手が自分に尽くしてくれると、受け止めてしまうのでしょう。

あるいは、結婚をしていないと、社会的に一人前には見なされないと、考えている場合もあると思います。

この場合は、したくてした結婚というより、仕方なく受け入れた結婚、という感じでしょう。

また、結婚するつもりはなかったけれど、相手との間に子供ができてしまったから、というのも少なくないように思えます。

こういう結婚からも、何かを学び取ることはできますから、これが無駄なことだと思う必要はありません。

しかし、こういう形の結婚で学ぶことを、すでに理解している人は、似たような結婚をしなくてもいいのです。

もっと言えば、一生独身のままでも構わないのです。

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多くの人が、人生は一回こっきりだ信じているでしょう。

その考えがあるので、たった一回の人生で、結婚できなかったり、結婚に失敗したら、人生は絶望だと受け止めてしまうのです。

でも、人生は一回こっきりだと、言い切るだけの根拠を、持っている人はいないでしょう。

何となく、そう思い込んでいるだけのはずです。

面倒臭がらずに、世の中のいろんな部分に目を向ければ、この世界が全てではないと、思えるようになるでしょう。

そう思えるようになれば、結婚に対する考え方も、違うものになると思います。

結婚はしてもいいし、しなくてもいいのです。

大切なのは、今の人生で何を学ぶのか、何を体験するのか、ということです。

結婚とは その1

結婚とは何でしょうか。

それは愛し合った者同士が、一つになることです。

同じ家に暮らす場合もあれば、離ればなれで暮らすこともあるでしょう。

でも、二人の心が一つになっていれば、場所は関係ありません。

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逆に言えば、心が一つになっていないのに、婚姻届を出したとか、一緒に暮らしているとか、というのは、真の結婚とは言えません。

これは人間社会の慣習の中で、都合によって作られたルールであり、理屈に過ぎません。

人を心の存在としてとらえた時、結婚というものは、互いの心が惹かれ合って、一つになることを意味します。

そこに性別は関係ありません。

一般に認められている、異性同士の結婚は、子孫を残すという、自然界の生き物の特徴を、受け継いだものです。

ですから、子供が産まれるか否か、どんな子供が産まれるか、ということが重視される傾向にあるのです。

さらに、そこには結婚相手や生まれる子供が、自分の物であるという、所有欲もからんでいます。

これが結婚というものを、どろどろした印象にしてしまうのです。

せっかく一緒になったはずが、すぐに別れたり、不倫をしたり、大喧嘩の末に相手を殺してしまったりとなるのは、こういうことが原因です。

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人は誰の所有物でもありません。

結婚によって相手を所有できる、という考えは間違っています。

結婚が、相手を束縛するものになってもいけません。

結婚とは自由な意思に基づいて、互いに惹かれ合って一つになる、自然なものです。

もし、他に惹かれるものがあり、相手がそちらへ向かうとしても、それもまた自然なことです。

それで、自分は捨てられたとか、この裏切り者などということには、なりません。

自然な気持ちで一緒になったのであれば、自然な気持ちで離れることになったとしても、そこには何のわだかまりもありません。

これでは浮気がしほうだいじゃないかと、怒る人もいるかもしれませんね。

でも、自然な動きで一緒になる場合、そこに浮気というものは存在しません。

浮気は本気ではないということですから、自然ではありません。

自然な動きの中に、浮気は存在し得ないのです。

相手に浮気をされるような結婚は、その結婚自体が、不自然な状態にあると言えるでしょう。

どこか無理をして、一緒になったのだと思われます。

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自分の願望や所有欲が、その不自然さの原因かもしれません。

また、自分の非を認めたくないという思いも、不自然さを増強します。

その結果、相手はそこから離れようとするわけです。

惹かれるものがあるから、そこへ向かうという場合もあるでしょう。

でも、とりあえず今の所から、離れたいという気持ちのこともあると思います。

どちらにしても、それは自然な動きと言えます。

二人が自然な気持ちで惹かれ合い、一つになったのだとすれば、特別なことがない限り、二人が離れることはありません。

離れるとすれば、互いの関係の中で学ぶことがなくなり、新たな学びを求めるようになった時でしょう。

しかし、それは一緒にいた相手を、否定することではありません。

相手に飽きたということでも、ありません。

離れたとしても、二人の気持ちはつながったままです。

二人で共に過ごした期間は、二人にとって宝物でしょう。

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結婚から学ぶこと

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世の中には、いろんな形の夫婦がいます。

何をするにも、二人一緒の夫婦もいれば、結婚当初から、ほとんど別居という夫婦もいます。

夫が働いて妻が家事という夫婦もいれば、夫婦共稼ぎという場合もありますし、夫の方が主夫だという家もあります。

趣味が共通の夫婦、全然好みが違う夫婦、元々は好みが違っていたのに、いつの間にか同じことをするようになる夫婦。

見た目は仲睦まじいのに、本当は心が離れている夫婦。

やたら喧嘩ばかりしているくせに、相手から離れられない夫婦。

本当に夫婦は、いろいろです。

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一般的には、役所に婚姻届を出した二人を、夫婦と考えますが、内縁の夫や妻というのもあります。

また、同性同士のカップルというのもあり、地域によって夫婦と認めてもらえる所と、認めてもらえない所があります。

とにかく、いろんな夫婦がありますが、普通に考えれば、どんな形の夫婦であれ、幸せを求めて一緒になるのだと思います。

でも、人生が経験や学びの場であると見た場合、必ずしも結婚生活が、一般的に信じられているような、幸せを目的としたものでは、ないかもしれません。

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私たちは、いいことであれ、悪いことであれ、様々な人間関係を通して学びます。

夫婦というのも、一つの人間関係です。

その関係の中で、互いが相手に何を求めているのか、何を期待しているのかが、明らかになって行きます。

そして、その内容に応じた結果が、必ず用意されています。

それがどんな結果であれ、それはその人の言動や、価値観に応じたものですから、そう言った結果を突きつけられることで、人は自分自身を省みるのです。


経済的に豊かな暮らしをして、好きなことに夢中になり、多くの人に愛される、というのが、一般的な幸せのイメージでしょう。

それはあくまでも、お金が物事の基準になっている、今の人間社会が創り出した、幸せのイメージです。

そのイメージは、嫌なことや醜いこと、面倒なことなどを、全く無視した安直なものです。
深みというものが、ありません。

本当に大切なことや、自分が本当は何を求めているのか、ということは、表面的な楽しさだけを追っていたのでは、見えないことが多いのです。

本当の幸せに気がつくためには、嫌な想いが必要なこともあります。

そのために、結婚生活に失敗して、いろんな苦労をするという人も、少なくないと思います。

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結婚に失敗した場合、大抵は大きなショックを受けるでしょう。

でも、その失敗によって、大きな学びを得ることができたなら、それは本当の幸せへの、近道だと言えます。

結婚がうまく行かなかったことを、悪く考えるかどうかは、その人の勝手です。

その人自身が、その価値観で生きて行くだけの話であり、自分がその人の考え方に、合わせる必要はありません。

つまり、家族や親戚、あるいは世間がどう思おうと、どうでもいい事なのだと理解するのです。

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夫婦のあり方についても、同じことが言えます。

夫婦でバラバラな暮らしをしている場合、お宅は大丈夫なのかと、心配してくれる親切な人が、いるかもしれません。

でも、お互いに価値観を認め合い、尊重し合えているのであれば、それはそれでいいのです。

他人がとやかく言うことではありません。

それで二人が楽しく暮らせるのであれば、全然構わないのです。

もし、これでは二人で暮らす意味がないねと、お互いに思うのであれば、その時は仲よく別れて、お互いの道を進めばいいでしょう。

進む道は違っても、互いを大切に想う気持ちは、そのままなのですから、何も問題はありません。

よくないのは、相手を悪く思い、いがみ続け、別れた後も、嫌な気持ちが、ずっと尾を引く状態です。

それでは、新たな人生を歩み始めたつもりでも、実際は少しも前進できていません。
後ろを振り返りながら、ずっと立ち止まったままです。

嫌な体験であったとしても、それを次の人生に、どう活かすかということを、考えるべきなのです。

そうでなければ、わざわざ嫌な体験をしても、何も得るところがありません。

嫌な事から何かを学び、それを活かせたとすれば、嫌な経験をしない時と比べると、遥かに味わいのある、素敵な人生を送れます。

結婚や夫婦という言葉や形に、世間と同じように、特別な意味合いを持たせるから、それに失敗してしまったと思って、深く傷ついてしまうのです。

本当の目的は、そこではありません。
本当の目的は、体験からの学びです。

それを学ぶことができたなら、次にまた結婚をしようと、独身のままでいようと、自分なりに価値が感じられる、深みのある人生を送れるでしょう。

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浮気の理由

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付き合っている相手がいるのに、他の人とも付き合う。

結婚しているのに、別の相手と関係を持つ。

芸能界では時折、こんな話題が登場します。

でも、身近なところでも、似たような噂を、耳にすることがあるのではないでしょうか。


浮気について考える時、一つ押さえておかないと、いけない事があります。

それは、浮気はいけないという概念や約束事は、人間が作ったものだという事です。

人間を自然の生き物、あるいは動物の一種と見た時、その行動に対して、人間が作ったルールは、適用できません。

つまり、浮気という行動を、倫理的な話で説明したり、制限したりはできないという事です。

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浮気を繰り返す人に、その理由を尋ねても、本人も上手く説明が、できないかも知れません。

そもそも大して好きでもない相手と、付き合ったり結婚したのであれば、気持ちが他の方へ向いてしまうのは、当然でしょう。

こういう人は、誰かと関係を持つという事を、とても軽くとらえているのだと思います。

相手の事を、思いやれない生き方は、動物的と言えるでしょう。


好きで一緒になったはずの相手がいるのに、浮気をしてしまう人。

こういう人は、浮気相手をその場限りの、遊び相手ぐらいに思っているのでしょう。

浮気を責められると、本当に大切にしているのは、今の相手一人だけだと、答えるに違いありません。

それでも、今の世の中のルールでは、浮気をすると、本当に大切にしている人を、傷つけてしまうわけです。

それを知らないわけが、ありませんから、本当に大切にしているという言葉は、当てにならないでしょう。

ただ、好きな人と一緒にいるのに、他の人の方を向いてしまうのは、やはり何か理由があるはずです。

それは好きな相手への不満、あるいは後ろめたさかも知れません。

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好きで一緒になったはずなのに、相手が自分を理解してくれない。
相手の期待に応えられず、一緒にいる事に疲れている。
相手に構って欲しいのに、思ったようには構ってもらえない。

こんな事が続いていると、欲求不満になって、誰かに甘えたくなるのかも知れませんね。

だからって、浮気をするなんて許せないと、考える人は多いと思います。

でも、これは心の変化の話であり、道徳の問題ではないのです。

浮気を責められると、一時は反省して、もう浮気はしないと約束するでしょう。

しかし、浮気の原因がそのままであれば、再び浮気をする可能性は、高いと思います。

他に何かストレス解消の、機会があるならば、浮気はしないかも知れません。

でも、そんな機会がない人は、浮気を繰り返すか、離婚を切り出すか、あるいは心の病気になってしまうかの、いずれかでしょう。

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誰かと惹かれ合ったり、浮気を繰り返したりするのは、その人の中にある、性エネルギーが関連しています。

好き合っている相手は、互いの性エネルギーが相手を引き寄せ、一つになるよう働きかけます。

それは二人の間に、安定と喜びをもたらしてくれます。

浮気をする場合は、性エネルギーの欲求、すなわち誰かと一つになって、心の安定と喜びを得たいという想いが、現状では叶わないという事なのでしょう。

いいとか悪いの問題ではなく、浮気とは、あふれ出そうな性エネルギーを、何とか処理したいという動きなのです。


一方で、性エネルギーは、創造エネルギーでもあります。

男女が交わり、子供が産まれるのも、性エネルギーが創造エネルギーだからです。

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性エネルギーも創造エネルギーも、どちらも同じエネルギーです。

性エネルギーと呼ぶか、創造エネルギーと呼ぶかは、エネルギーをどういう視点で、見るかによります。

夢中になって何かを創っている時、人は気持ちが安定しています。

他の余計な事は考えません。

つまり、創造エネルギーを使う事で、気持ちが安定します。
そこには、喜びもあります。

これは同じエネルギーを、性エネルギーとして見た時と、同じ性質です。

同じエネルギーですから、当たり前ですね。


性エネルギーを持て余して、浮気をしてしまう人は、言い換えれば、日常の暮らしの中で、創造的な事をしていないと、いう事だと思います。

趣味でも仕事でも、自分が夢中になってやれる事があれば、性エネルギーを創造エネルギーとして使います。

そうしているうちは、浮気をしたいとは思わなくなるでしょう。

つまり、浮気の問題というものは、実は生き甲斐の問題でもあるのです。

 ※Gerd AltmannさんによるPixabayからの画像です。

でも、好きな事ばかりしながら、浮気癖が治らないという人も、いそうな感じですね。

そういう人は、自分の好きな事にだけ熱心で、それ以外の事には、無頓着なのかも知れません。

あるいは数多くの相手と、関係を持つことが好きなことだと、いうことも考えられます。

また、先に述べましたように、好きな事をしていない時の、居場所がないとか、自分が好きな事について、理解を得られないなどの、ストレスがあるという、可能性もあるでしょう。

いずれにしても、相手を大切に想う気持ちが、持てないのであれば、恋愛であれ友情であれ、その関係が壊れるのは必然です。

それは浮気をする方だけでなく、浮気をされる方にも言えることです。

別な見方をするならば、相手を大切に思えない人は、今の人生の目的に、よい人間関係を築くという事が、据えられていないのかも知れません。

そうであるならば、どうにも仕方がありません。

結婚と幸せ

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結婚に幸せを求める人は、多いと思います。

実際、結婚して幸せだと思う人もいます。

でも、結婚して後悔する人もいます。

つまり、結婚したから幸せになれる、というわけではないのです。

そもそも、結婚すれば幸せになれるという、発想自体が間違っています。

何かをすれば、幸せになれるのだとすると、それができない今は、幸せではないということになります。

と言うことは、結婚に幸せを期待する人は、現在の自分は不幸せだ、と感じているのです。

しかし、そういう人は幸せが何であるかを、わかっていません。

幸せは、どこにでもあります。

それに気づけるかどうかだけの問題なのです。

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足下に幸せがあるのに、それに気づけない人は、結婚したところで、やっぱり幸せは、見つけられないと思います。

自分が幸せではないと思う人は、自分が恵まれていないと、感じているのです。

だから、恵まれた環境に巡り会えたら、幸せになれると考えるわけです。

お金がないと、幸せになれないと思う人は、経済力や資産のある人との結婚に、期待を寄せます。

自分に取り柄がないと思う人は、特別な技術や能力、地位や肩書きを持っている人に、憧れるでしょう。

日本人のよさを認められない人は、結婚するなら外国人だ、と考えると思います。

でも、そんな理由で結婚相手を選んでも、幸せな結婚にはなりません。

幸せを感じられない人は、不幸せである理由を、見つけるのは得意です。

その得意技で結婚相手の中にも、自分が不幸せになる理由を、いくらでも見つけ出すでしょう。

生活習慣の違い、好みの違い、価値観の違い、生まれ育った環境の違い。

夫婦は元は他人なのですから、いろんな違いがあります。

そういうものは全部、不愉快の元となり、相手を見下す理由になります。

お金や才能などの、自分に欠けているものも、相手との違いです。

でも、これは自分が求めているものだから、構わないのです。

気に入らないのは、自分が求めていない違いです。

だけど相手にすれば、利用できる所だけ利用されて、あとは全否定されるわけですから、たまったものではありません。

必然的に争いが生じ、最終的に結婚は、破局となるでしょう。

 ※Gerhard G.さんによるPixabayからの画像です。

相手と自分との違いを認め、それを楽しめる人は、幸せを一つ見つけた、と言えるでしょう。

特に好きになった人との、価値観の違いは、新鮮な刺激になるに、違いありません。

また、互いを大切に、思い合える夫婦であれば、共通した価値観も、持つようになります。
これも当然、幸せを感じさせてくれることです。

幸せな結婚を望むのであれば、独身であるうちに、幸せを感じられるようになることです。

何が幸せなのかを理解して、どんなに小さなことにでも、幸せを見つけられるようになるのです。

そうすれば、結婚生活の中にも、簡単に幸せを、見つけ出せるはずです。

いつでも幸せを、見つけられるのであれば、相手に幸せを、与えてもらう必要がありません。

逆に、自分が見つけた幸せを、相手に分けてあげたくなるでしょう。

そうできることで、また幸せを感じるのです。

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あなたが誰かと、一緒になりたいと思う時、その人に何かをしてあげたい、その人を喜ばせたいと考えるでしょうか。

それとも、何かをして欲しい、喜ばせてもらいたいと、期待するのでしょうか。

好きな人に対して、何かをしてあげられる喜びを、噛みしめて欲しいと私は思います。

これは、結婚している人だけの、特権なのです。
一緒にいるからこそ、できる事なのですから。


相手から何かをしてもらおうと、期待していなければ、相手が何かをしてくれた時、それは驚きであり喜びです。

そこには、感謝の気持ちしかありません。

でも、初めから期待していれば、感謝の気持ちが薄れます。

そのうち、してもらうことが当たり前になると、感謝を忘れるようになります。

期待どおりにしてもらえなかったら、腹を立てるようになるでしょう。

誰かに感謝する時、自分にも相手にも喜びが広がります。
感謝とは思いやりに対して起こるものです。

互いに相手に思いやりを持って接すること。

そうすれば、それは感謝という形で戻って来て、それが再び、次の思いやりへとつながって行きます。

この連鎖が尽きることはありません。

そんな夫婦が、幸せな夫婦なのだと、私は思います。

そういう夫婦になるためには、普段から感謝と、思いやりの気持ちを持つ事です。

また、いろんな事に幸せを感じられるように、自分を磨いておく事が大切です。

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結婚するということ

結婚とは、男と女が夫婦という関係になることです。

では、夫婦とは何なのでしょうか。

辞書で調べますと、「婚姻関係にある男女の一組。夫と妻」とありました。

婚姻ですが、これも調べてみますと、「結婚すること。夫婦となること」と書かれています。

これでは、全然説明になっていませんよね。
舐めとるんかい、と言いたくなってしまいます。

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夫婦とは、どんな関係を言うのか。

わかっていても、それを適切な言葉で、説明するとなると、案外むずかしいものですね。

昔からある概念では、男と女が生活を共にすることを決意し、その旨を役所に届け出て、公から認めてもらった状況、と言えるでしょうか。

役所という制度がなかった頃であれば、そこの集落の人々に認めてもらうことが、公に認めてもらうことになったでしょう。

かつての日本では、結婚とは家を守り、家の血筋を絶やさないためのものでした。

夫婦がお互いに、好き合っている必要はありません。

結婚相手は、親が決めるのが通常でした。

結婚すると女性の方は、男性側の家に入ります。

それは自分が生まれ育った家を出て、新たに男性側の家の人間になる、ということです。

つらい事があっても、実家に逃げ帰るなど、なかなかできません。

逃げ帰ったとしても、それはそれで出戻りと言って、肩身の狭い思いをするのです。

家のための結婚ですから、子供を産む事が、嫁入りした女性の最大の仕事です。

望まれるのは、家の後継ぎになる男の子です。

女の子しか産めないと、文句を言われます。

全く子供を産めなければ、女として失格という、烙印を押されてしまいます。

そんな昔と違って、今は自分たちで、結婚を決めることができます。

妻が夫の家族の世話を、強要されることはありません。

世話をする場合、それは妻の好意と、妻自身の決断で行われます。

子供が産まれなくても、夫婦がそれでいいと決めたなら、何も問題はありません。

昔と比べると、みなさん、さぞかし幸せな結婚が、できるだろうと思えます。

でも実際は、いろんな問題があるようです。

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芸能人の世界では、幸せな結婚をしたはずなのに、やれ浮気だ、やれ離婚だと、こんな話は日常茶飯事です。

お金もあるし、素敵な方と一緒になった。
それなのに、どうして浮気したり離婚するのかと、首を傾げる人も多いでしょう。

価値観の違いだと言ってしまえば、それまでです。

でも恐らくこういう人たちは、お互いへの思いやりと感謝に欠ける日々を、送っていたのだと思います。

みんなの目を惹くような、素敵な人と結婚したい。

こう考える人が多いのは、芸能人でも一般人でも同じだと思います。

それは物語のように、とても素敵なことだと、多くの人が信じているのでしょう。

そんな結婚ができるのは、幸せなことだと考えてしまうのです。

でも、そんなことを考えていたのでは、結婚生活が上手く行くはずがありません。

それは相手を、自分を引き立てるための、装飾品と見ているからです。

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装飾品が、持ち主を喜ばせるのは、当たり前です。
持ち主の方が、装飾品を喜ばせる必要はないのです。

装飾品を手に入れるまでは、努力もするでしょう。
しかし、手に入れてしまえば、おしまいです。

あとは、外の人から羨んでもらうように、装飾品である相手に、いろいろ尽くしてもらうだけです。

本人にとっては、それが幸せな結婚生活なのです。

装飾品である相手に、自分の方が尽くすなんて、思いつきもしないでしょう。

そんな考えで、誰かと一緒になっても、上手く行くわけがありません。

現に、好きで一緒になったはずの人と、多くの方たちが別れています。

そんな悪い実例があるのに、何故同じことをしてしまうのか。

きっと素敵な人と、一緒になれなかった者の人生は、不幸でつまらないものだという、発想があるのでしょう。

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その歳になって、まだ独り身なのか、可哀想に。
のんびり構えていたら、誰にも振り向かれなくなってしまうよ。
今はいいけど、歳を取ってから、寂しくなるよ。

そんなことを言われて、その気になると、何がなんでも結婚しないと、と思うようになるでしょう。

そして、どうせ結婚するのなら、できるだけ条件のいい人と、一緒になりたいと考えるのです。

それは全部、自分の都合です。

そもそも、独り身の何が悪いのか、考えてみるべきでしょう。

結婚したい人は、すればいいのです。

だけど、独り身の方がいいと、考える人だっているのです。

どちらが正しい、ということではありません。

どう生きるのかは、その人の自由なのです。

独身でも幸せを感じられる人が、誰かを好きになるならば、きっとその人を、幸せにしたいと思うでしょう。

その人に何かを求めるのではなく、その人を喜ばせたいと思うはずです。

そういう思いで一緒になる。
それが本当の結婚だと、私は考えています。