結婚とは その1
結婚とは何でしょうか。
それは愛し合った者同士が、一つになることです。
同じ家に暮らす場合もあれば、離ればなれで暮らすこともあるでしょう。
でも、二人の心が一つになっていれば、場所は関係ありません。

逆に言えば、心が一つになっていないのに、婚姻届を出したとか、一緒に暮らしているとか、というのは、真の結婚とは言えません。
これは人間社会の慣習の中で、都合によって作られたルールであり、理屈に過ぎません。
人を心の存在としてとらえた時、結婚というものは、互いの心が惹かれ合って、一つになることを意味します。
そこに性別は関係ありません。
一般に認められている、異性同士の結婚は、子孫を残すという、自然界の生き物の特徴を、受け継いだものです。
ですから、子供が産まれるか否か、どんな子供が産まれるか、ということが重視される傾向にあるのです。
さらに、そこには結婚相手や生まれる子供が、自分の物であるという、所有欲もからんでいます。
これが結婚というものを、どろどろした印象にしてしまうのです。
せっかく一緒になったはずが、すぐに別れたり、不倫をしたり、大喧嘩の末に相手を殺してしまったりとなるのは、こういうことが原因です。

人は誰の所有物でもありません。
結婚によって相手を所有できる、という考えは間違っています。
結婚が、相手を束縛するものになってもいけません。
結婚とは自由な意思に基づいて、互いに惹かれ合って一つになる、自然なものです。
もし、他に惹かれるものがあり、相手がそちらへ向かうとしても、それもまた自然なことです。
それで、自分は捨てられたとか、この裏切り者などということには、なりません。
自然な気持ちで一緒になったのであれば、自然な気持ちで離れることになったとしても、そこには何のわだかまりもありません。
これでは浮気がしほうだいじゃないかと、怒る人もいるかもしれませんね。
でも、自然な動きで一緒になる場合、そこに浮気というものは存在しません。
浮気は本気ではないということですから、自然ではありません。
自然な動きの中に、浮気は存在し得ないのです。
相手に浮気をされるような結婚は、その結婚自体が、不自然な状態にあると言えるでしょう。
どこか無理をして、一緒になったのだと思われます。

自分の願望や所有欲が、その不自然さの原因かもしれません。
また、自分の非を認めたくないという思いも、不自然さを増強します。
その結果、相手はそこから離れようとするわけです。
惹かれるものがあるから、そこへ向かうという場合もあるでしょう。
でも、とりあえず今の所から、離れたいという気持ちのこともあると思います。
どちらにしても、それは自然な動きと言えます。
二人が自然な気持ちで惹かれ合い、一つになったのだとすれば、特別なことがない限り、二人が離れることはありません。
離れるとすれば、互いの関係の中で学ぶことがなくなり、新たな学びを求めるようになった時でしょう。
しかし、それは一緒にいた相手を、否定することではありません。
相手に飽きたということでも、ありません。
離れたとしても、二人の気持ちはつながったままです。
二人で共に過ごした期間は、二人にとって宝物でしょう。
