甲賀忍者

 ※kumiさんによるイラストACからの画像です。

滋賀県の甲賀市では、毎年2月22日を「ニンニンニン」で、忍者の日と規定しているそうです。

この日、市役所の職員は、何と忍者の姿で仕事をしていらっしゃいました。

今は新型コロナの影響で、みなさんマスク姿ではありましたが、それでも忍者姿でお仕事に励んでおられました。

この日、県下の小中学校では、年に一度の特別メニュー「忍者給食」が登場し、子供たちを喜ばせていました。

その内容は、地域ブランドの古代もち米「黒影米」や、手裏剣柄の「なると」が入った「忍者鍋」、忍者キャラクターの絵柄の入ったコロッケなどです。

ご馳走さまをする子供たちも、両手を合わせるのではなく、印を結ぶポーズでした。

市のPRの一環だそうですが、真面目に取り組みながら、その仕事を楽しんでいらっしゃる姿が、とても印象的でした。

特に、不安になりがちな今のご時世には、打ってつけのイベントだったと思います。

コロナウィルス感染や、生活不安に対しては、具体的に対応する必要はありますが、気分だけでも明るく前向きで、ありたいものですね。

甲賀忍者のみなさんは、そのお手本を示してくれていました。

これからも頑張っていただきたいと思います。

子供たちの心

とても素敵な記事がありました。

難病で視力を失った男性を、小学生の子供たちが、助け続けていたという話です。

和歌山市職員の山崎浩敬さんは、網膜色素変性症のため視力を失い、2005年から白杖を使いながら、通勤するようになったと言います。

初めは家族が付き添ってくれていましたが、2008年からは一人でのバス通勤になりました。

しかし、目が見えないため、バスの乗り口を探すのも、大変苦労されたようです。

ところが、一人でのバス通勤を始めて、一年ほど過ぎた頃、「バスが来ましたよ」と女の子の声がしたそうです。

「乗り口は右です。階段があります」と言いながら、山崎さんを座席に案内してくれた女の子は、それから毎日、学校を卒業するまで、山崎さんを助けてくれました。

女の子は、和歌山大付属小学校の児童で、山崎さんと同じバスで通学し、降りる停留所も同じだったそうです。

女の子が学校を卒業したあとも、別の女の子が山崎さんを助けてくれるようになり、その子が卒業しても、また別の子が助けてくれました。

子供たちの間で、山崎さんの力になるということが受け継がれ、また、子供たちとのお喋りが、山崎さんの楽しみとなりました。

それは、誰かに助けてもらったということ以上の、大きな喜びとなったでしょう。

その喜びは山崎さんにとって、思いがけない贈り物になったと思います。

喜びは相手にも広がります。

そのことは子供たちにとっても、思いもしなかった、お返しとなったに違いありません。


山崎さんは、自分を助けてくれた女の子たちが、全部で四人だと思っていました。

しかし、和歌山大付属小学校で、女の子たちに再会した時に、山崎さんが知らされた話では、他にも山崎さんを、助けてくれていた子供たちが、いたということでした。

そのことに山崎さんが、気がつかなかったのは、その子供たちが、そっと山崎さんを助けていたからでしょう。

自分が知らないところで、たくさんの子供たちが、助けてくれていたのだと知り、山崎さんはとても感激した様子でした。


思い切って行動を示す優しさもあれば、目立たないところで、そっと向けられた優しさもあります。

どちらも本当に素敵なことです。

そのような優しさを示すことができたのは、子供の心が素直で、純真だからなのかもしれません。

こういう子供たちに恥じないように、大人である私たちも、人に優しい気持ちを、持ち続けたいと思います。

そして、目に見える優しさ、目に見えない優しさの双方に、これからもしっかりと、目を向けて行きましょう。

全盲のマジシャン

 ※bBearさんによる写真ACからの画像です。

新潟総合テレビの記事で紹介されていた話です。

タイトルにある全盲のマジシャン は、長岡市に暮らす藤田芳雄さん(72歳)です。

藤田さんは30歳を過ぎた頃から、網膜の病気になって、徐々に視力を失ったと言います。
今では明るささえわからない、全盲です。

人生を悲観し、一時は死ぬことまで考えた、と言う藤田さんですが、三年ほど前に出会いがありました。

三条市を中心に活躍する、マジシャンのバーディ山井さんです。

山井さんと知り合った藤田さんは、月に数回、山井さんからマジシャンを、教わるようになりました。

そして、二年前から舞台で、技を披露するようになりました。

目が全く見えないのに、何故マジックを始めようと、思ったのでしょうか。

その問いに、藤田さんはこう答えています。

「マジックは見えないと面白くないと思うかも知れないが、マジックをやることは見えなくても楽しめる。“人が喜ぶという事を楽しむ”という事かな」

とは言っても、目が見えても修得するのに大変なマジックを、目が見えない状態でやるのです。
大変でないわけがありません。

人の何倍も練習をした、と言う藤田さんですが、教える山井さんも素晴らしい。

教えるにあたって、最初はやはり戸惑いがあったと言いますが、藤田さんの熱意に負けたそうです。

山井さんは目が見えないからと言って、教えるのに手を抜きません。

一方の、藤田さんも障害があるから、これぐらいしかできないと思われるのが嫌で、頑張ったそうです。

藤田さんは言います。

「今までで一番嬉しかったのは、できないと思っていた事が、一つ一つできるようになった事」

本当に素敵な人ですね。
この言葉を口にできる人が、世の中にどれほどいるでしょうか。

また、藤田さんは演技中に、時には失敗もあると言います。

でも、失敗を恐れる様子はありません。
失敗しても、初めからやり直して、今度は成功させます。

そして、藤田さんの演技を見た児童は、失敗してもやり直して、成功するまで挑戦したいと述べたそうです。

失敗を恐れず、失敗しても諦めないで、繰り返し頑張って、最後には成功させる。

これは子供たちにとって、とても大切なメッセージです。

失敗とは、やってみて上手く行かなかった、ということです。
本来、そこにいいとか悪いという、意味はありません。

しかし今の社会では、成功がいいもので、失敗は悪いものという、レッテルを貼る傾向が強いと思います。

成功は、失敗の積み重ねの上にあるもので、失敗なくして成功は有り得ません。

また、失敗を繰り返しながら、成功へ至るまでの道のりこそが、本当に楽しいのです。

成功した後で話に出るのは、必ず様々な失敗談です。

あの時は大変だった、あれはさすがにこたえたよ、などと当時を振り返りながら、感慨に耽ったり、失敗した時の慌てた様子が、笑い話になったりします。

失敗を恐れず、楽しみながら頑張り続ければ、最後には必ず喜びが待っています。

そのことを身を持って、子供たちに教える藤井さんには、これからも素敵なマジックを、続けていただきたいと思います。

ブロッコリーの芋虫

 ※もんでんさんによる写真ACからの画像です。

イギリスのサム・ダーラストンさん(27)という方の、記事がありました。

この方はテレビやラジオで、レポーターを務めてらっしゃるとのことでした。

サムさんはブロッコリーが大好物で、スーパーから買って来たブロッコリーを、調理しようと袋から出したところ、そこに芋虫がいるのを発見しました。

さらに別の袋から、6匹の芋虫が見つかり、サムさんは全部で7匹の芋虫を、そのまま育てることにしたと言います。

サムさんは芋虫の一匹一匹に名前をつけ、その成長する様子を公表したところ、多くの人たちから、応援の言葉が届けられたそうです。

芋虫は、初めに一匹がサナギになると、それに続いて、次々とサナギになり、順番にモンシロチョウへと、姿を変えて行きました。

初めは喜んでいたサムさんですが、次々にモンシロチョウたちが、旅立って行くにつれて、寂しくなったと言います。

最後の一匹が旅立った時には、すごく悲しかったそうですが、また芋虫を育ててみたいという、気持ちになったそうです。

自分の世話をしてくれた、サムさんのことがわかるのか、モンシロチョウはサムさんが手を伸ばすと、そこへ飛んで来て留まったと言います。

私はこの話のここの部分に、特に心が惹かれました。

自分を愛してくれる人の思いが、昆虫にも伝わるのですね。

 ※べんりいRさんによる写真ACからの画像です

学者たちは人間を、生物の頂点の存在として、考えがちです。

それは知性あるものが、最高のものだという、価値観によるものです。
そして、その知性の証を脳に求めます。

そのため、脳が身体の割に小さな生き物ほど、下等な存在として決めつけるのです。

脳を持たない植物や微生物など、生きているだけで、何もわからない存在だと、考えているのでしょう。

しかし、生き物と直に触れ合う人々は、そうは思いません。

日本では昔から、一寸の虫にも五分の魂と言います。

小さく弱い者にも、それ相当の意地や根性がある。
だから、どんな相手でも侮ってはならない。

という、たとえです。

このたとえの前提にあるのは、どんなに小さな生き物にも、心があるのだという事です。

昔の人は、小さな生き物にも、心の存在を感じていたのでしょう。

今でも、生き物に関わっている方であれば、同じように感じるのはないでしょうか。

学者は、自分が知っている理屈だけで、理解しようとします。

でも、それでは本当のことは、わからないと思います。

同じ地球に暮らす生き物と、心を通わせられるのは、どれだけ素晴らしいことでしょうか。

そして、その事をサムさんは、多くの方とシェアできたと言います。

これも、とても素敵なことだと思います。

今の地球に必要なのは、こういう想いの広がりなのです。

とてもいい記事に巡り会えたことを、感謝します。

素敵な話

フェリシモという通販会社があります。

この会社は、オーガニックコットンの生産を通して、インドの貧しい人たちの暮らしを、支援しているそうです。

この取り組みは、何年も前から行われていたようですが、ニュース番組で紹介されているのを見て、初めて知りました。

きっかけは、ニューヨーク同時多発テロの後の、お客からの一通のメールだったと言います。

それは「テロに対して、フェリシモとして何かできないか?」というものだったそうです。

動いたのは、フェリシモデザインセンター部長・葛西龍也さん。

このメールに応えるため、チャリティTシャツを企画したと言います。

葛西さんはその売上金の一部を、アメリカとアフガニスタンの子どもたちのための、基金にしようと考えたのです。

その過程で、葛西さんが知ったのは、衣服の材料となる、綿花栽培の事情でした。

そこには企業に利用されるばかりで、少しも貧しさから抜け出せない人々が、存在していたのです。

企業は彼らに、遺伝子を組み換えた種や、農薬や化学肥料の大量使用を求めます。

企業の指示に従って、それらを購入すると、それが多額の借金となるのです。

いくら働いて稼いでも、そのお金は借金の返済で、消えてしまいます。

それでも、仕事をやめるわけにはいかず、企業の言いなりに働くわけです。

 ※Jim BlackさんによるPixabayからの画像です。

そこで葛西さんは、服を着替えれば着替えるほど、大地に愛が降り注ぐようなテーマを求め、2008年の冬、有志5人と「コットン部」を設立しました。

最初に始めたのは、オーガニックコットン製の、軍手の販売です。

軍手の値段は1,000円。
そこには200円の基金が、含まれていました。

軍手製作と同時に、葛西さんはインドを訪ねました。

そこで国際協力機構(JICA)インド事務所を通して、協力してくれる現地のNGOと、話し合いをしました。

その内容は、集まった基金のお金を、どうやって循環させるかという、プロジェクト「PEACE BY PEACE COTTON PROJECT」についてです。

まず、集まった基金は、NGOに拠出します。

NGOはその資金で、支援対象の農家がある土地に合う、種の組み合わせや、有機農法を研究・開発します。

プロジェクトに参加する農民には、子どもには労働をさせないと約束させます。

これは、子どもたちを学校へ行かせるためです。

それから、現地NGOが種を提供し、農法を指導します。

やり方を教われば、あとは全部自分たちで、できるようになります。

できたコットンの商品企画、カタログ制作は、フェリシモが行います。

販売価格には、50〜300円を基金として組み入れます。

商品が売れた分だけ、基金が積み立てられ、インド支援に使われる仕組みです。

葛西さんたちの支援は、これだけではありません。
それは、綿花栽培に関わることだけでなく、農村の問題全部を、解決しようというものです。

綿花を作る農家では、収穫のない閑散期には、収入がありません。

そういう期間の収入源になるよう、家畜を育てたり、女性に縫製や刺繍を指導して、物作りができる組織を、作ったりするのです。

 ※Gábor AdonyiさんによるPixabayからの画像です。

こうして村全体の収入が潤えば、基金がなくても大丈夫になります。

それが葛西さんたちの願いでした。

さらに葛西さんたちは、フェリシモ以外の企業が、プロジェクトのオーガニックコットンを使って、物作りができるよう、一連の仕組みを開放しました。

その際に、子供たちが絵を描いてデザインしたり、女性たちが刺繍をほどこしたりと、村の人たちが、好きにできるようにしたと言います。

ただ一つの条件は、他企業はフェリシモから下げ札を購入して、それを商品に付けて販売するということです。

この下げ札のお金は、基金の積立金に加えられるので、基金がますます増える仕組みです。

コットン部のメンバーは、本来の部署はバラバラだそうです。

部署の垣根を越えて、自発的に集まった方たちが、本来の業務とは別の、このような企画に関わったということです。

しかし、フェリシモはこの活動を認め、支援しています。

コットン部のメンバーでない人たちも、彼らがコットン部の仕事をしている間、そのフォローをする形で、応援しているそうです。

自然を守ること、子どもの未来を考えることなど、世の中を良くする方法を、考えることは良いこと。
それが事業になればもっと良い。

そういった考えが、フェリシモという会社には、あるそうです。

「共に幸せになる幸せ」という理念の下、幸せな社会は、どうやったらできるかを考えて、アクションに移す。

その一手段として、通販があるに過ぎない、と葛西さんは言います。

本当に素晴らしい方たちだし、素晴らしい会社だと思います。


この資本主義社会の中では、とにかく勝ち残って生き残ることしか、考えていない企業が、優秀な企業と見なされています。

それなのに、フェリシモという会社も、そこで働いている人たちも、目的は困っている人たちを、助ける事と一貫しており、その努力や工夫に、終わりはないようです。

 ※mohamed HassanさんによるPixabayからの画像です。

これこそが、人間が本来持っている気質であり、能力であり、喜びなのだと思います。

フェリシモの方たちは、人として生きるということを、自らがモデルになって、示してくれているのです。

もちろん、フェリシモの方たち以外でも、同様に素晴らしい人たちは、たくさんいると思います。

そして、そういう方たちの活躍が、以前と比べると、かなり注目されるように、なって来たと思います。

これは絶対に時代の流れでしょう。

こういう方たちの生き方は、他の者をわくわくさせます。

自分も何かやってみたいと、思わせる力があります。
心の共鳴ですね。

憎しみも人々の心の、共鳴して広がります。

しかし、愛を基本とした心の共鳴は、それ以上に、広がっているように思います。

きっと、葛西さんたちの考えは、コットンを通して、他の企業にも伝わって行くでしょう。

個人も企業も、誰かのためにという想いを、抱くようになるのです。

 ※272447さんによるPixabayからの画像です。