重なる世界

 ※CouleurさんによるPixabayからの画像です。

過去、現在、未来。

これらは一つの直線上に、順番に並んでいるというイメージが、ありますよね。

あるいは、一つの直線上を動く点が現在で、点の進行方向の後ろにあるのが過去、前にあるのが未来、という認識を、多くの人が持っていると思います。

一方で、現在・過去・未来の全部が、今ここに重なって存在している、と言う話もあります。

そんな話、耳にしたことはありませんか。

普通に考えれば、何を馬鹿なことを言っているんだ、と思ってしまうでしょう。

でも、視点を変えると、そんなことも有り得るなと、思えるようになります。

どういうことかと言いますと、私たちは普段、先に述べた直線上を動く点と、自分を重ね合わせて、自分や世の中を見ています。

自分の位置は、この直線上の点にあるわけですね。

しかし、全てはここに存在しているという人の位置は、直線を上から眺められる所にあるのです。

それはそうだろうけど、どうやって上から眺められるのか、と思うでしょうね。

では、こう考えてみて下さい。

何でもいいから、ある物語を創るのです。

恋物語でもいいですし、戦いものでも構いません。

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物語を創ると、そこに直線的な時間の流れが生じます。

私たちが知る世界と同じように、物語は直線的な時間の流れにそって、進行して行きます。

当然、主人公たちが活動している今があり、その前後に過去や未来があります。

でも、あなたの頭の中には、物語全体が入っているので、物語の始まりから結末までの、全ての時間を全部まとめて、眺めることができますよね。

登場人物が始めにどんな状態で、途中でどんな経験をして、最後にどうなるのか。

全ての情報が重なり合って、頭の中に仕舞い込まれています。

あなたは物語を、一々直線的に広げなくても、全部重ねたままで、全てを理解できるはずです。

これが、直線を上から眺めるということなのです。

物語の登場人物は、全てあなたの意識の一部であり、あなたの分身です。

その一人一人の分身の立場に立ってみると、過去は経験によって確かめられた事実であり、未来はどうなるかわからない、未確定の要素です。

でも、物語全体を眺めているあなたから見れば、未来もまた確定されたものです。

物語のある時点で、登場人物をどう動かすか、迷うことがあるとしましょう。

それは登場人物自身の迷いでもあるわけです。

そこで、あなたの頭の中では、二つの筋書きが生まれます。

そこで物語の進行が、二手に分かれるんですね。

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分かれたそれぞれの物語には、同じ登場人物がいて、それぞれの経験をして行きます。

でも、分かれたもう一方の道で、自分と同じ人物が、異なる経験をしているなど、夢にも知りません。

そもそも、そこで人生が二つに分かれたとは、気がつきません。

ですから、もう一方の道の存在自体、あるとは思わないのです。

ところで、あなたは登場人物の家族や時代などの設定を、変えたくなるかもしれません。

すると、似たような物語が、違う設定で創られます。

あるいは、全然別の登場人物を使い、全く異なる物語を考えたとしましょう。

そうなると、あなたの頭の中には、たくさんの物語が存在することになります。

そんなものも全部、頭の中で重なり合い、同時に存在するわけです。

そんな感じで、今の私たちが、もっと大きな意識の一部あるいは分身であり、今の人生はその意識が創った、一つの物語だと考えてみて下さい。

大きな意識の視点で見れば、現在だけでなく、過去や未来も同時に存在している、と言えますよね。

また、そこには数え切れない無数の物語、無数の人生があるでしょう。

それらはパラレルワールドです。

人生が分岐したものとか、似たような人生を送る世界であれば、それぞれの世界に接点があるかもしれません。

昨日と今日で、自分や相手の記憶が違っている場合など、もしかしたら似たような世界との、接点を経験したと考えることができるでしょう。

しかし、全く異なる物語になっている世界同士は、接点がありませんから、基本的には互いの世界へ、迷い込むということはないと思います。

とにかく、今の自分というものは、本来の自分の一つの分身であり、全体を眺めることができない状態にあるのだと、理解して下さい。

過去や現在、未来が同時に存在していると考える人は、その視点が大元の自分に近い所にある、ということです。

また、もっと大元の自分に視点を近づけたなら、現在・過去・未来だけでなく、パラレルワールドの存在も、認識できるようになるでしょう。

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でも、それには脳の支配を逃れた、無意識領域での思考が必要です。

あまりにも膨大な情報量で、人間の脳では処理しきれないからです。

ですから、そういう世界を認識できるとすれば、眠っている間だけと言えるでしょう。

そして、それが時に、変わった夢という形で表現されるのです。