世界と意識 その1
人間は体の知覚である五感を元に、世界を認識します。
他の生物たちは、それぞれの持つ感覚を元に、独自の世界を認識しています。
それがどんな世界なのかを、人間は知ることができません。
人間からすれば、同じ空間、同じ世界にいるのだから、犬や猫、昆虫たちも、人間と同じ世界を認識しているだろうと、思いたくなります。
でも、彼らは彼らの世界を認識しているのです。
バクテリアにとって世界とは、養分か養分でないかに過ぎないでしょう。
植物にとって世界は、光と水と養分を、エネルギー的に感知したものだと思います。
人間の視覚的世界とは違って、そのものの存在を感じ取るようなものでしょう。
人間と目の構造が違う昆虫たちは、どのように世界を眺めているのでしょうね。
動物たちは人間と同じ世界を、見ているように思いますが、見えている色が違うかもしれません。
人間にはない感覚があると、世界の感じ方が人間とは違うはずです。
いずれにしても、同じ空間にいるはずのものたちですが、それぞれが違う世界を認識し、体験しているのです。
人間にとっては、みなさんが認識し理解している世界こそが、本物の世界です。
他の世界の存在など、考えもしませんから、この世界が唯一のものであると、みなしたくなります。
でも、生き物あるいは存在物の意識によって、認識できる世界は様々です。
私たちが知っているこの世界は、その中の一つに過ぎません。
私たちの世界とは、私たちの意識が創り出した、一種の幻想なのです。
とは言っても、自分が生まれる前から、世界は存在しているし、自分が死んだあとでも、世界は存在し続けるはずだと、誰しもが思いますよね。
個人的な意識から見れば、確かにそう見えるでしょう。
しかし、人類全体の意識、いわゆる集合意識として考えると、どうでしょうか。
私たち人間が認識している世界が、人類の集合意識が創り出した幻想だと考えれば、一個人の生死に関係なく、人類が存続し続ける限り、この世界は存在し続けます。
もし人間が一人残らず、死ぬような状況になると、この世界は消滅します。
それは、目覚めたあとの夢が、消えてしまうようなものでしょう。
でも、再び眠りに就いて、消えたはずの夢の続きを見ることがあります。
それと同じように、人類の集合意識が、人間に似ている知性体として、生まれ変わることを選択すれば、再び世界は再現されると思います。
そして、この知性体は地球を発見すると、かつてそこにいた人類という知性体の、名残を見つけるかもしれません。