モンロー氏の体外離脱

アメリカの故ロバート・モンロー氏は、意図的に体外離脱体験や異次元体験を、行える技術ヘミシンクを開発した人物です。

ヘミシンクを開発する前に、モンロー氏は何度も、体外離脱を体験しています。

それは自然発生的なものでしたが、実際はそうなるべき力が働いて、体験が生じたようです。

詳しくは、モンロー氏が書いた本を読んでみて下さい。

全部で3冊あるのですが、いずれもとても面白い本です。

モンロー氏によると、完全な体外離脱をするには、体を二つ抜け出ないといけないようです。

でも、二つの体と言われても、全然ぴんと来ないですよね。

私たちの体は、通常肉体と認識している体と、 それよりは希薄な感じのする、エネルギー的な体 があるのです。

この二つの身体は、全く同じ形をしており、普段はぴったり重なり合っているようです。

物質的な肉体を抜け出した時には、意識はもう一つの体に留まった状態です。

モンロー氏はこの体を、第二の体と呼んでます。

第二の体に留まっている時、自分が体外離脱していることはわかりますが、物質的肉体から遠くへは、離れられないようです。

モンロー氏によれば、第二の体の状態では、せいぜい 4.5メートルほどしか離れられないということです。

この状態では、それ以上離れようとしても、引き戻されてしまうようです。

本当に自由になるには、この第二の体を抜け出す必要があるのです。

すっと体を抜け出して、自由に動き回れる人は、一瞬にして二つの身体を、同時に抜け出しているのでしょう。

私が興味が惹かれるのは、何故第二の体が、存在しているのかということです。

人間が心と体だけで、構成されているのであれば、第二の体は必要ないでしょう。

でも、実際に第二の体があるということは、恐らく心と体だけでは、一つになるのが困難なのだと思います。

つまり、第二の体というのは、心と体を結びつける、膠(にかわ)のような役割があるのでしょう。

心と体では、エネルギー的に質が、異なり過ぎているのでしょうね。

でも、これは心と体だけの話ではなく、心が属している空間と、体が属している空間というものがあって、それぞれの波長と呼べるような、空間の質が違うということを、意味しているのです。

そのことから言えるのは、世界には少なくとも、肉体が属する空間と、第二の体が属する空間と、心が属する空間の三つが、重なり合っているということです。

心と言っても、様々な心があるでしょうから、心の世界もまた、それぞれの心の状況に応じた、いくつもの世界が重なっていると、考えることができます。

それは、この世界には無数の世界が、重なっているということです。

この世界に慣れ親しんだ人々は、世界というものが、この世界一つだけだと信じているでしょう。

しかし実際は、そうではないのだということを、体外離脱体験が示してくれています。

体外離脱を体験できない人は、そのことを残念に思うか、自分には関係のないことだと、受け止めるかもしれません。

でも、体外離脱ができなくても、体外離脱が示している世界観を、自分のものにすることはできます。

そして、そういう世界観を持つことこそが、直接体外離脱をすることよりも、実は重要なのだと私は思うのです。

体外離脱で体験することは、結局は死んでこの世を離れれば、誰しもが体験できることです。

しかし、生きている状態で、重なった他の世界を認識できるというのは、かなり特別なことでしょう。

これは死んでしまっては、できないことです。

認識が感覚に変われば、さらに素晴らしいことでしょう。

それはこの世を離れた人たちの、感覚に近づくことです。

死んでいないのに、死んだ人たちと同じような感覚を持つのは、人類の進化と言えるでしょう。

個人的には世界観の革命となり、これまで悩んでいたことが、悩みでなくなるのは、間違いありません。

人生は感謝と喜びに、満ちたものになるでしょう。

体外離脱体験2

 ※Gerd AltmannさんによるPixabayからの画像です。

学生の頃、ひょんなことから、体外離脱を体験した私は、体外離脱を意図的に行えないかと、体外離脱について書かれた本を参考に、何度か挑戦をしました。

どういう時に体外離脱が、起こるのかと言うと、眠りと覚醒の中間状態です。

体は眠っているけれど、意識はまだ、目覚めている状態の時です。

金縛りの状態に似ていますが、金縛りの時は、緊張してしまうせいでしょうか、体を抜け出すことはできません。

意識ははっきりしているのに、肉体は動かせませんし、意識の体も動きません。

これは自分の意図に反して、そんな状態になってしまうため、驚いてしまうのでしょうね。

自分で体を抜け出そうとしている時は、わかってやっていますので、似たような状態になっても、気持ちは落ち着いています。

 ※愚木混株 Cdd20さんによるPixabayからの画像です。

どんな風になるのかと言うと、最初は足の辺りが、軽くビリビリと、痺れたような感じになるのです。

でも、長時間正座をして痺れるのとは、違います。

そんな苦痛な感じはありません。
ただ、軽くビリビリした感じがするだけです。

正確に言えば、痺れているというよりも、細かく振動しているような、感じかも知れません。

その振動している部分は、通常の感覚が、麻痺した感じです。

そこで驚いたり、慌てたりすると、我に返ると言いますか、ビリビリ感は消えてしまい、普通の状態に戻ってしまいます。

それは、野生の動物や鳥たちが、安全かどうか確かめながら、少しずつ近づいて来るような感じです。

ちょっとでも動いて、驚かせてしまうと、さっと逃げ出して、姿を消してしまいます。

とにかく、ビリビリした感じが起こったら、そのまま放置して、様子を見ておきます。

すると、ビリビリ感は次第に、上の方へ広がって来ます。

足から太もも、腰からお腹、胸から背中と、ビリビリした感じが広がるのです。

ここで体を、抜け出そうとしてはいけません。

まだ機が熟していないのに、体を抜け出そうとすると、意識の体ではなく、本物の体が動いてしまいます。

肉体の体が少しでも動いたら、ビリビリ感は瞬時にして、消えてしまいます。

一度消えてしまったビリビリ感が、もう一度戻って来るのは、むずかしいのです。

慣れている人なら、そんなことはないかも知れません。

でも、素人の場合、そこで完全に目が覚めてしまうか、再挑戦しているうちに、眠ってしまうことの方が、多いと思います。

とにかく、ビリビリ感が首の辺りまで広がって来ても、知らんふりをして、放っておきます。

すると、ビリビリ感は頭の先まで広がります。

足先から頭のてっぺんまで、すっぽりとビリビリ感に包まれた感じになるのです。

この時も、まだ動いてはいけません。

早く体外離脱を経験したくて、動いてしまうと失敗してしまいます。

この時に抜け出そうとすると、一瞬、体を抜け出せたような、感じにはなるのです。

でも、意識のどこかが肉体に癒着していて、完全に抜け出すことはできません。

背中に強力なゴムでもつけられているみたいに、すぐに引き戻されておしまいです。

肉体と意識がビリビリ感に完全に馴染んで、熟した状態になるまでは、ピクリとも動いてはいけないのです。

 ※WikimediaImagesさんによるPixabayからの画像です。

何度も同じような失敗を繰り返しながら、私は完全に肉体から、意識を離脱させることに成功しました。

その時の感覚は、初めて離脱した時と比べると、もっとリアルな感じでした。
本当に離脱したのか、疑わしくなるほどです。

部屋にはスチールの机があるのですが、その机に触れることができました。

幽霊のような存在になっているのであれば、手が突き抜けるはずです。

でも、手は突き抜けず、机に触れてその形状を、確かめることができたのです。

しかも触った感触が、肉体の手で触れるのと、全く同じでした。

机は硬くてツルッとしていて、冷たいのです。

おかしいなと思いながら、机を押してみましたが、硬くて手は突き抜けません。

私は窓から、外へ出てみようとしました。

でも、やはり窓が邪魔です。

それでも、意識の体だから、必ず突き抜けて行けるはずだと、私は思いました。

そこで、水の膜を抜けるような、イメージで挑戦してみました。

すると、あららという感じで、体は窓を通り抜けました。

その時は明け方で、外は明るくなっていました。

体外離脱の練習を、私はよく寝入りばなにしていました。

でも、そのまま眠ってしまうことが、ほとんどでした。

一方で、明け方にふと目が覚めた時は、チャンスでした。

そのまま動かないでじっとしていると、あのビリビリ感が現れることが、あったのです。

そして、この時もそんな明け方でした。

 ※kakkikoさんによる写真ACからの画像です。

私は窓の外にある、一階の屋根瓦の上に、裸足で立っていました。

普段見るのと同じ景色が、目の前に広がっています。

外には、まだ誰もいませんでした。

そよ風が気持ちよく、本当に肉体で、そこに立っているかのようです。

感覚的には、普段の世界と何一つ変わりません。
本当に体外離脱をしているのか、疑うほどでした。

その時に、ふと私は視線を落とし、そこに立っている、自分の姿を見たのです。

瓦の上に立つ足は、裸足です。
その上には、寝る時に来ていたはずの、パジャマがありません。

私は何と、パンツ一枚の姿で、屋根の上に立っていたのです。

感覚は肉体の時と、何も変わりません。
体外離脱をしないで、そこに立っているかのようでした。

私は焦りました。

自分では、体外離脱をしたつもりでした。
でも、もしかしたら体外離脱を、していないのかも知れない、と思ったのです。

窓を突き抜けて、外へ出たはずなのです。

だけど、本当はそれは妄想で、実は普通に窓から、外へ出ただけかも知れません。

そう考えると、どうしようとパニックになりました。

だって、そうでしょう?
パンツ一枚で、早朝の屋根の上に、立っているわけですよ。

もし誰かに見られたら、完全に頭がいかれていると、思われてしまいますよね。

下手をすれば、そこに住めなくなってしまいます。

これは大変だ、早く部屋に戻らないと、と焦っているうちに、はっと気がつくと、私は蒲団の中にいました。

私はちゃんと蒲団を、かぶって寝ていました。

蒲団を剥いでみると、パジャマもちゃんと着ています。

しまった、やっぱり体外離脱ができていたんだと、後悔したけど、後の祭りでした。

もう完全に目が覚めてしまったので、どうにもできませんでした。

体外離脱体験

体外離脱という言葉を、聞かれたことがあるでしょうか。

以前は、幽体離脱という表現もされていましたが、幽体という表現が、よくなかったのでしょうか。
今では、体外離脱という言い方が普通になっているみたいです。

とは言っても、体外離脱が何なのかを知らない人には、幽体離脱でも体外離脱でも、同じですよね。

体外離脱とは、意識が体から、抜け出ることを言うのです。

この時、体は眠った状態ですが、意識はしっかりと目覚めています。

よっこらしょっと起き上がった時に、何だか体が、ふわふわしたような感じがあるのです。

後ろを振り返ると、そこに自分が横になって、寝ているのを目にするわけです。

あるいは、知らない間に、意識だけが天井近くへ、浮き上がっているということも、あるようです。

この場合、下を見下ろすと、そこに眠っている自分の姿があるのです。

この状態というのは、生きたまま幽霊に、なったようなものでしょうか。

体から抜け出す時の状況は、人によって異なると思います。

でも、大体みんな、こんな感じなのではないでしょうか。

どうして、そんな事が言えるのかというと、私も体外離脱を何度か、体験しているからです。

 ※acworksさんによる写真ACからの写真です。

初めて体外離脱を体験したのは、大学生の頃でした。

当時は、一軒家の形のアパートに、同じ大学の学生四人で、暮らしていました。

四畳半の部屋が一階と二階に、それぞれ二部屋ずつあり、私は二階の西側の部屋にいました。

その時は夕方で、私は万年床の蒲団を二つに折りたたみ、それを背もたれにして座ったまま、うたた寝をしていました。

ふと目が覚めたので、私は背もたれの蒲団から体を起こし、そのまま立ち上がりました。

でも、何だかふわふわして、妙な感じでした。
高熱で寝込んだ後で、立ち上がった時に、重心が定まらないのに似ていました。

その時の部屋の空気も、変な感じでした。
水の中に潜っているような感じで、部屋の中に水が詰まっているかのようでした。

でも、体を動かすのに、水のような抵抗は感じません。
逆に、ちょっと動いたつもりが、動き過ぎてしまい、体のバランスを取るのが、大変でした。

どうも、おかしいなと思って、後ろを振り返ると、蒲団を背もたれにして座っている、自分が見えました。

私は驚きました。

でも、体外離脱のことは知っていたので、これが体外離脱なのかと、感動しました。

一階の部屋は、学生たちの溜まり場になっていて、この時も集まった友人たちが、麻雀をして遊んでいました。

その楽しげな騒ぎ声が、二階の部屋にまで聞こえていました。

私はこのままこっそり下へ行き、みんなの様子を眺めてみようと考えました。

みんなからは、私の姿は見えないはずです。
何故なら、私は幽霊みたいな状態ですから。

でも、実際はその状態の自分の姿が、他人から見えるかどうかは、わかりませんでした。

もしかしたら、いつもと同じように見えて、声をかけられるかも知れません。

どっちにしても、それは一つのデータであり、私はわくわくしました。

その時の私の部屋の扉は、閉まっていました。
でも、この状態だったら幽霊みたいに、扉を通り抜けられるかも知れない、と思いました。

ふわふわする体の体勢を整えながら、私は扉の前に移動しました。
扉は引き戸です。

 ※雰囲気イケメンさんによる写真ACからの画像です。

扉に手を伸ばした時、私の頭を、ふと不安がよぎりました。
もしかしたら、これは罠ではないのかと。

何者かが私の意識を、私の体から引き出したのではないかと、疑ったのです。

そうであれば、私がこの場を離れている間に、その何者かに私の体を、乗っ取られてしまうかも知れません。

一度疑うと、その疑いは急速に膨らみました。

私は居ても立ってもいられなくなり、急いで体に戻ろうと思いました。

でも、どうやったら戻れるのかが、わかりません。

それで、余計にパニックになってしまいました。

私は漫画みたいに、自分の体の中に飛び込めば、元に戻れるかも知れないと考えました。

それで、私は跳び上がったのです。

重力が働けば、その後、私の体はすぐに下へ落ち、その勢いで体に、飛び込めるはずでした。

しかし、そうはならず、私の体は部屋の天井まで浮かび上がり、そこから下へ降りられなくなったのです。

私は天井のそばで、手足をばたばたさせながら、宙を泳ぐようにして、何とか体の中へ入ろうと、藻掻きました。

それでも、体は浮いたまま下がりません。

私は藻掻き続けました。
もう必死です。

 ※PublicDomainPicturesさんによるPixabayからの画像です。

自分が回転したのか、周囲が回転したのかはわかりません。

私は渦に巻き込まれたみたいに、ぐるぐる回転し、うわーっと心の中で叫びました。

そして、はっとすると、蒲団を背もたれにして座っていたのです。

私は自分が体と一つになっていることを、確かめました。

自分が動かしている手や足は、間違いなく自分の肉体の手足です。

触ってみると、いつもどおりの体でした。

立ち上がってみると、全然ふらふらしません。

部屋の中もいつもと同じで、水の中のような感覚はありません。

下からは、友人たちの声が、聞こえています。

私はしばらく部屋の中を歩き回り、自分が体に戻れたのだと、確信しました。

途端に、何て馬鹿なことをしてしまったのだろうと、とても後悔しました。

二度とないかも知れない、貴重な体験を、不安が台無しにしてしまったのです。

下の部屋へ行って、みんなが遊んでいる様子を、こっそり確かめていれば、自分が体外離脱をした証明ができたのです。

それはまさに、千載一遇のチャンスでした。

私は悔しがりながら、もう一度蒲団を背もたれにして、眠ろうとしました。

でも、すっかり目が冴えてしまって、眠ることができません。

体外離脱を体験したのは事実です。

でも、そんな体験をした喜びよりも、下の部屋へ行けなかったことの後悔で、その日の私の頭は一杯でした。

それから私は、意図的に体を抜け出す、練習を繰り返したのです。