体外離脱体験
体外離脱という言葉を、聞かれたことがあるでしょうか。
以前は、幽体離脱という表現もされていましたが、幽体という表現が、よくなかったのでしょうか。
今では、体外離脱という言い方が普通になっているみたいです。
とは言っても、体外離脱が何なのかを知らない人には、幽体離脱でも体外離脱でも、同じですよね。
体外離脱とは、意識が体から、抜け出ることを言うのです。
この時、体は眠った状態ですが、意識はしっかりと目覚めています。
よっこらしょっと起き上がった時に、何だか体が、ふわふわしたような感じがあるのです。
後ろを振り返ると、そこに自分が横になって、寝ているのを目にするわけです。
あるいは、知らない間に、意識だけが天井近くへ、浮き上がっているということも、あるようです。
この場合、下を見下ろすと、そこに眠っている自分の姿があるのです。
この状態というのは、生きたまま幽霊に、なったようなものでしょうか。
体から抜け出す時の状況は、人によって異なると思います。
でも、大体みんな、こんな感じなのではないでしょうか。
どうして、そんな事が言えるのかというと、私も体外離脱を何度か、体験しているからです。

初めて体外離脱を体験したのは、大学生の頃でした。
当時は、一軒家の形のアパートに、同じ大学の学生四人で、暮らしていました。
四畳半の部屋が一階と二階に、それぞれ二部屋ずつあり、私は二階の西側の部屋にいました。
その時は夕方で、私は万年床の蒲団を二つに折りたたみ、それを背もたれにして座ったまま、うたた寝をしていました。
ふと目が覚めたので、私は背もたれの蒲団から体を起こし、そのまま立ち上がりました。
でも、何だかふわふわして、妙な感じでした。
高熱で寝込んだ後で、立ち上がった時に、重心が定まらないのに似ていました。
その時の部屋の空気も、変な感じでした。
水の中に潜っているような感じで、部屋の中に水が詰まっているかのようでした。
でも、体を動かすのに、水のような抵抗は感じません。
逆に、ちょっと動いたつもりが、動き過ぎてしまい、体のバランスを取るのが、大変でした。
どうも、おかしいなと思って、後ろを振り返ると、蒲団を背もたれにして座っている、自分が見えました。
私は驚きました。
でも、体外離脱のことは知っていたので、これが体外離脱なのかと、感動しました。
一階の部屋は、学生たちの溜まり場になっていて、この時も集まった友人たちが、麻雀をして遊んでいました。
その楽しげな騒ぎ声が、二階の部屋にまで聞こえていました。
私はこのままこっそり下へ行き、みんなの様子を眺めてみようと考えました。
みんなからは、私の姿は見えないはずです。
何故なら、私は幽霊みたいな状態ですから。
でも、実際はその状態の自分の姿が、他人から見えるかどうかは、わかりませんでした。
もしかしたら、いつもと同じように見えて、声をかけられるかも知れません。
どっちにしても、それは一つのデータであり、私はわくわくしました。
その時の私の部屋の扉は、閉まっていました。
でも、この状態だったら幽霊みたいに、扉を通り抜けられるかも知れない、と思いました。
ふわふわする体の体勢を整えながら、私は扉の前に移動しました。
扉は引き戸です。

扉に手を伸ばした時、私の頭を、ふと不安がよぎりました。
もしかしたら、これは罠ではないのかと。
何者かが私の意識を、私の体から引き出したのではないかと、疑ったのです。
そうであれば、私がこの場を離れている間に、その何者かに私の体を、乗っ取られてしまうかも知れません。
一度疑うと、その疑いは急速に膨らみました。
私は居ても立ってもいられなくなり、急いで体に戻ろうと思いました。
でも、どうやったら戻れるのかが、わかりません。
それで、余計にパニックになってしまいました。
私は漫画みたいに、自分の体の中に飛び込めば、元に戻れるかも知れないと考えました。
それで、私は跳び上がったのです。
重力が働けば、その後、私の体はすぐに下へ落ち、その勢いで体に、飛び込めるはずでした。
しかし、そうはならず、私の体は部屋の天井まで浮かび上がり、そこから下へ降りられなくなったのです。
私は天井のそばで、手足をばたばたさせながら、宙を泳ぐようにして、何とか体の中へ入ろうと、藻掻きました。
それでも、体は浮いたまま下がりません。
私は藻掻き続けました。
もう必死です。

自分が回転したのか、周囲が回転したのかはわかりません。
私は渦に巻き込まれたみたいに、ぐるぐる回転し、うわーっと心の中で叫びました。
そして、はっとすると、蒲団を背もたれにして座っていたのです。
私は自分が体と一つになっていることを、確かめました。
自分が動かしている手や足は、間違いなく自分の肉体の手足です。
触ってみると、いつもどおりの体でした。
立ち上がってみると、全然ふらふらしません。
部屋の中もいつもと同じで、水の中のような感覚はありません。
下からは、友人たちの声が、聞こえています。
私はしばらく部屋の中を歩き回り、自分が体に戻れたのだと、確信しました。
途端に、何て馬鹿なことをしてしまったのだろうと、とても後悔しました。
二度とないかも知れない、貴重な体験を、不安が台無しにしてしまったのです。
下の部屋へ行って、みんなが遊んでいる様子を、こっそり確かめていれば、自分が体外離脱をした証明ができたのです。
それはまさに、千載一遇のチャンスでした。
私は悔しがりながら、もう一度蒲団を背もたれにして、眠ろうとしました。
でも、すっかり目が冴えてしまって、眠ることができません。
体外離脱を体験したのは事実です。
でも、そんな体験をした喜びよりも、下の部屋へ行けなかったことの後悔で、その日の私の頭は一杯でした。
それから私は、意図的に体を抜け出す、練習を繰り返したのです。