体の栄養 心の栄養 その2
体をエネルギー体と見た場合、栄養を摂るというのは、エネルギーの活動や維持のため、必要なエネルギーを補給する、ということになります。
同じく、心もエネルギー体であると見れば、心にも必要なエネルギーを、補給しなければならないとわかるでしょう。
では、心に必要なエネルギーとは、どんなものでしょうか。
それは、心を元気にしてくれるものです。
喜びを感じ、生きる気力が湧いて来るものです。
具体的に言えば、自分の居場所があり、自分を表現できることです。
また、それを他の人たちと共有し、喜び合えることです。
居場所というのは、必ずしも家を意味しません。
居場所というのは、つながりを感じられる場所のことです。

家族や職場、友人の中などに、自分の居場所があるというのは、大切なことです。
周りに人がいるのに、孤独を感じていれば、居場所がないということです。
自然と一体感を感じられる人は、雑踏の中にいるより、山や海などにいる方が、居場所があると感じられるでしょう。
どんなに多くの人のアドレスを知っていても、どんなにたくさんの人と、スマホでやり取りをしても、孤独を感じているのであれば、そこに本当のつながりはありません。
でも、自分が孤独かどうか、わからない人もいるかもしれませんね。
自分が今の状況に、一つも感謝ができないのであれば、あなたは孤独だと言えます。
一人も感謝する相手がいなければ、あなたは孤独です。
感謝とは、相手とのつながりを感じている証です。
感謝する気持ちが出て来ないということは、誰とも何とも、つながりを感じていないということです。
つながりがないということは、居場所がないということで、つまりは孤独なのですね。

居場所がなければ、何かを表現しようにも、足場がないので困難です。
居場所を作る、すなわち、感謝の気持ちを持つことが、心に栄養を与える第一歩なのです。
自分が人間として生まれて来たこと、地球に生まれて来たこと、そんなことに感謝の気持ちが持てるようになれば、最高ですね。
自分を表現するというのは、他人の価値観ではなく、自分の価値観で生きるということです。
それは日常生活のスタイルとして、表れるでしょうし、興味を持つ対象によって、いろんな趣味や研究などが、生活の一部となるのです。
他人から見ると、奇抜に見えることもあるでしょうけど、それで自分が満足できるのであれば、それでいいのです。
別に他人にわかってもらえなくても、構わないと思っても、いいねと言われると、やはり嬉しくなるものです。
わかりますか?
となって、会話が弾むことでしょう。
そんな仲間ができることも、大きな喜びになります。

自分を表現することで、本当のつながりができるわけですから、自分を偽らないということは、とても大切なことなのです。
わかってもらえていないと、思われる人たちに対して、無理に自分を合わせる必要はありません。
そうではなく、その人たちが喜ぶような形を、自分の喜びの中から、見つけ出すのです。
そうすれば、喜びの輪がさらに広がります。
相手から、そんなことをしてもらえたら、それもまた喜びです。
勉強ができたって、お金がたくさんあったって、みんなからちやほやされたって、そこに居場所がなかったり、本当の自分を表現したり、理解してもらえなければ、それは喜びにはなりません。
苦痛です。
世間の評価基準に合わせて、自分はこれだけやっていると、満足したつもりでも、それは本当の満足ではありません。
他人から、後ろ指をさされないという、安心感です。
でも、そんな安心は一時的です。
その安心がいつまで続くかという不安が、常につきまとい、もっと認めてもらえるよう努力しなければと、自分の気持ちを欺いて、無理なことを続けることになるのです。
こんなのは、ある意味、地獄でしょう。
生きた屍になるようなものです。

生きるということを考えれば、人間が勝手に作った基準など、全く関係がないということが、わかるでしょう。
栄養を摂るということは、生きるということです。
栄養を摂っているつもりでも、病気になるのであれば、それは本当の栄養ではありません。
体にしても心にしても、自分にとって、本当の栄養とは何なのか、一度よく考えてみて下さい。