幽霊の話2
今からお話するのは、私自身の話です。
私はこれを、幽霊と言っていいのかどうか、わかりません。
確かに見たのですが、いわゆる幽霊とは、ちょっと感じが違うのです。
やはり仕事で、ホテルに泊まっていた時のことです。
夜中にふと目が覚め、私は暗い部屋の中で、目を開けました。
室内は暗かったので、ほとんど何も見えません。
でも部屋の暗さよりも、もっと黒々とした影が、私のすぐ目の前にあったのです。
正確に言えば、真正面よりも少し左側です。
それは枕元の壁から、足の方に向かって、ぬっと伸びた長細い影でした。
でも、足の方まで伸びているのではなく、先端は私の喉の辺りにありました。
こんな所に、こんな物があったかなと考えながら、私はそれを、何だろうと思って、じっと見ていました。
すると、暗闇に目が慣れて来たのか、その黒い影の姿が見えて来ました。
それが何なのかがわかった時、私はぎょっとしました。
それは何と、女性の足だったのです。
女性の左の素足が一本だけ、壁からぬっと突き出るように、伸びているのです。
別に動くわけでもないし、他に何かの気配がしたり、声が聞こえるわけでもありません。
ただ、足がそこに生えているだけでした。
私は驚きはしましたが、何故か怖いとは思いませんでした。
体が金縛りになった感じもありません。
私はその足をつかんで、足の裏をコチョコチョと、くすぐってみたい衝動に駆られました。
もし、これが幽霊だとしたら、足をくすぐれば、やはりくすぐったがるのだろうか。
でも、足しかないから、笑い声や悲鳴は聞こえないだろうな。
そんな事を考えて、私は手を伸ばそうと思いました。
でも、触ってひやっと冷たかったら、気持ちが悪いなと思うと、手が出なくなりました。
それに触る事で、何か悪い事になっても困るなと、ちょっと腰が引けた気持ちにもなりました。
それでも、一方では触ってみたいという思いが、私を急かします。
幽霊に触れる機会なんて、滅多にあるものではありません。
どうしようと迷っているうちに、その足はふっとかき消すように、消えてしましました。
しまったと思いましたが、後の祭りです。
すぐに壁を調べましたけど、ただの壁です。
それから二度と、その足が現れる事は、ありませんでした。
その時の残念な気持ちは、未だに残っています。
それでも私は考えました。
あれは何だったのかと。
相手には、私を恐怖に陥れるつもりは、なかったようです。
では、一体何のために、あんなふざけた事をしたのでしょう。
実は、私は学生時代、一人で暮らしていた時にも、不思議な経験をしていました。
布団の上に仰向けで寝ている時に、金縛りにあったのです。
意識ははっきりしているのですが、体がピクリとも動きません。
その私の背中を、たくさんの手が、撫でて回るのです。
背中は敷き布団の上にあり、布団の下は畳です。
人の手が入るわけがありません。
私の背中を、誰かが触るなんて、有り得ないのです。
しかし、確かにいくつもの手が、私の背中を触っているのです。
まるで目が見えない人が、手で物の形を、確かめるような感じです。
この手の主たちが、実在しているならば、彼らは畳の下から、私の背中を触れているわけです。
そんな事ができるのは、人間であるわけがありません。
うわっと思いましたが、体は動きませんし、手は私の背中をまさぐるだけで、襲いかかる様子はありません。
ですから、気味は悪いものの、怖いという感じはありませんでした。
そのうち、撫でている手が、少しずつ位置が変わって、背中から脇腹の方へずれて行きました。
私はやばいと思いました。
何故なら、私は大層なくすぐったがりでして、脇腹に触られると思っただけで、体をよじってしまうのです。
私は思わず、お願いだからそこには触らないでと、考えてしまいました。
すると、その考えが相手に、伝わってしまったのでしょうか。
手たちは一斉に、私の脇腹を探るようにして、移動し始めました。
すっと移動するのではありません。
行くぞ行くぞという感じで、近づいて行くのです。
私がくすぐったくて、笑い苦しむ様子を、楽しんでいるかのような感じです。
そして、とうとう脇腹に達した手たちは、私の脇腹をくすぐり始めました。
体を動かせない私は、笑いの拷問に、かけられたのと同じです。
よじれない体を硬直させ、止まらない笑いで、息が吸えなくなりました。
笑い死ぬというのは、あんな感じなのでしょう。
苦しくて息が吸いたいのに、笑いが止まらないのです。
あれが続けば、私は本当に、笑い死にをしたに違いありません。
でも、しばらくすると手は消えてしまい、体も動かせるようになりました。
でも、くすぐられた余韻が、ずっと残っていて、私は何度も体を、よじり続けていました。
この頃、私は他にも不思議な経験をしています。
不思議な話が大好きで、いろんな本も読み、自分でもあれこれと考えました。
しかし、ある時からそういうものへの興味が、次第に薄れて行ったのです。
死んだ後の世界は、自分が死んだらわかる事。
それより、今は生きているのだから、生きる事を懸命になろうと、考えたのです。
それから、生きる事について、いろいろ考えるようになり、奇妙な経験はパッタリと止んでいました。
ところが、ホテルの足の登場です。
久方ぶりの不思議体験です。
私を笑い死にさせようとした手たち同様、恐怖を感じさせない、とてもふざけたシチュエーションです。
きっと足は、私に何かを、伝えようとしたのでしょう。
物質世界だけが全てではないし、死んで全てが、終わるわけではない。
そんな事は、わかっています。
それでは、足は私に、何を伝えようとしたのでしょう。
それは私に再び、物質世界とは別の世界の事を、考えるようにと言う、メッセージだったのではないかと、私は考えています。
生きるという事は理解できただろうから、今度は改めて別の世界の事を考えよ、ということなのでしょう。
それはつまり、この世、あの世と分けて考えるのではなく、全体としての世界を、考えなさいという事なのです。
それから私は再び、異世界や異次元について調べたり、自分で考えたりという事を始めました。
そして、現在の考えに至りました。
宇宙とは、生命そのものであり、私たちはその一部なのだと。
そうそう、もう一つだけ、自分の経験をお話しておきます。
自宅の寝室で、寝ていた時の事です。
隣には、私の家内が寝ていました。
夜中に目が覚めた私は、金縛りにあって、誰かに後ろから、強く抱きつかれました。
その抱きつく力は凄まじく、プロレスラーに締めつけられているような感じでした。
息ができなくて、死にそうになりながら、私は胸の近くにあった手を、必死に動かそうとしました。
後ろから私に抱きついている手を、振り解こうと思ったのです。
その手は、私の胸をしっかりと抱えていました。
わずかずつですが、私の手が動きました。
初めは指先だけ。
それから手全体が、ほんとに少しずつ動きました。
そうしていると、手がもう少し動くようになったので、私は胸の前にある、相手の手をつかみました。
すると驚いたことに、私がつかんだその手は、小さな子供の手だったのです。
どこの子供か知りません。
でも私は、この子が愛情が欲しくて、構ってもらいたいのだと思いました。
それで、つかんだその手をぐいっと引っ張り、後ろにいる相手を、自分の前の方へ引き寄せました。
顔も何もわかりません。
私はその子供をぎゅっと抱き締めると、構って欲しいのなら、いくらでも構ってあげようと、心の中で相手に伝えました。
こうして抱いて欲しいのなら、さっきのように無茶苦茶はしないで、抱いて欲しいとちゃんと伝えなさいとも、言いました。
捕まえた子供らしき相手は、もがくこともせず、いなくなりました。
それでも、私はいなくなった子供を、そのまま抱き続けました。
それから、そんな事は起こっていません。
いかがでしたか。
そんなの、ただの気のせいだと言われれば、そうかも知れません。
私は反論はしません。
それでも、私にとっては、ここでお話したことは、全て本当の事なのです。