幽霊を科学する1
猛暑はまだ続いていますが、セミの鳴き声には変化がありました。
朝のうちにシャワシャワと合唱していた、クマゼミの鳴き声が聞こえなくなり、代わりにツクツクボウシが鳴いていました。
暑いとは言いながら、秋の気配が近づいて来ているのでしょうね。
ところで、最近は少し減ったような気がしますが、夏になるとバラエティ番組で、心霊写真や怖い話の体験談などの、特集がよく組まれますよね。
でも、テレビの司会者やコメンテーターも、ただ怖いだの恐ろしいだのと、言うばかりです。
たいてい専門家の先生や霊能力者が、心霊話や心霊写真の説明をし、みんなそれで納得しておしまいというのが、いつものパターンです。
テレビを見ている視聴者の方も、その姿勢は同じで、ああ怖かったというだけの話です。
でも、私はいつも思うのです。
ちょっと待ってくれないかと。
霊能力者が出て来て、これは霊ですと言えば、そうなのだと思い、学者が出て来て、これは明らかに思い違いですねと言うと、なるほどそうかと、うなずく。
どっちの言い分を信じるのかと問われても、大半の人は、わからないと言うのでしょう。
いずれにしても、番組が終わってしまえば、心霊の話もそれでおしまい。
日常生活には、何の影響も及ぼしません。
次の日には、全然違う話題に、夢中になっているでしょう。
でも、考えて下さい。
幽霊が存在するならば、それは大変なことなんです。
肉体が死んだ後も、その人の精神が、残っているという事なのですから。
一般的には、人間は死んだらおしまい、とされています。
心や意識の本質が、何なのかという事については、うやむやにされたまま、死んでしまえば存在が、全て消え去ると、考えられているのです。
でも日本人の場合、あの世とか、ご先祖さまという考え方を、持ってる方が多いでしょう。
よくはわからないけど、あの世はあるのではないだろうかと、考える人も少なくないと思います。
そういう方は、幽霊の存在を、信じているかも知れません。
でも、幽霊なんて気のせいだし、あの世なんてあるわけがないと、科学知識を振り回す人から責められると、反論ができません。
結局、多くの人が幽霊について、バラエティ番組で楽しむものであって、日常の暮らしの中で、真剣に考える対象ではないと、考えるようになるのです。
幽霊の話なんかを、真面目にする人は、頭がおかしい変わり者だと、思われてしまうに違いないと、受け止めるからです。
この雰囲気作りに、テレビ局は大いに加担しています。
テレビ局は幽霊を紹介する一方で、幽霊を否定するような見解を中心に、番組を作ります。
その結果、テレビを見ている人は、何だ、結局、幽霊なんていないんじゃないかと、思うようになるのです。
幽霊は私たちの死後について、考える機会とヒントを、与えてくれています。
それなのに、幽霊を真面目に考えようとしないのは、いずれは必ず訪れる死について、目をつぶってしまうのと同じです。
そして、いざ死を迎える時になると、自分はどうなってしまうのかと、恐怖と不安に襲われるのです。
私たちが本当は、どのような存在であるのかを、幽霊は教えてくれています。
また、世界が本当はどうなっているのかを、幽霊は示唆してくれているのです。
心が物質エネルギーではないことを、科学者たちは認めています。
しかし、心が何であるのかを、説明はできません。
物質エネルギーでないのであれば、違う種類のエネルギーの存在を、認めるべきなのです。
そのエネルギーは世界の構築に、大いに関わっているでしょう。
それを解明することは、世界を解明することに、つながるはずです。
生きている人間と比べると、偏りがあるようには思えますが、幽霊にも幽霊なりの意識があるでしょう。
それは恐らく人間の心と、同じ種類のエネルギーだと思います。
心の正体を解き明かすためにも、幽霊の研究は必要です。
死んだ人全てが、幽霊になるわけではありません。
幽霊の多くは、無念の死を迎えているように思えます。
そのために未練や恨み、怒りや悲しみなどの感情を、持ち合わせている事が多いのでしょう。