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素晴らしい大坂なおみ選手

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 ※Ichigo121212さんによるPixabayからの画像です。

女子テニスの大坂なおみ選手が、全米オープンで2年ぶり2度目の優勝を果たしました。

それだけでも素晴らしいことですが、彼女は一人の人間があるべき姿を、世界中に示してくれました。
それが、彼女をさらに素晴らしくしています。

大坂選手は今大会、1回戦から決勝まで、毎回アメリカの黒人市民の名前が書かれた、マスクを着けて入場しました。

名前が書かれた黒人市民というのは、これまでの黒人差別で、亡くなられた方たちです。

大坂選手は今までも SNS を通じて、黒人差別に対する、抗議の声を上げて来ました。

全米オープンの前に開催された、ウエスタン・アンド・サザン・オープンでは、大会直前に起こった、黒人男性銃撃事件に心を傷め、準決勝を棄権しようとしました。

大会運営を担う女子テニス協会は、彼女の思いに賛同して、その日の準決勝開催を中止し、翌日開催としました。

それで、大坂選手は棄権を撤回し、準決勝に出ました。

この時の彼女の決意と行動を、称賛する声は多かったものの、批判的な声も聞かれたと言います。

その一つは、スポーツに政治を持ち込むな、と言う意見です。

しかし、これは単なる政治運動とは違います。
人間としての問題です。

大坂選手も、これは人権問題ですと、この意見に返しています。

棄権するぐらいなら、初めから大会に出場しなければよかったのに、という意見もあります。

これに対する彼女の答えを、私は知りません。
でも、恐らく彼女の中でも、葛藤があったのだと思います。

どうすればいいのかと悩みながら、大会は進んで行き、行動を起こすしかないと決意した時には、準決勝になっていたということでしょう。

当然、大会運営に迷惑をかけるでしょうし、試合を期待していたファンを、裏切ることになるかも知れません。

それでも大坂選手は、黙ったままでいることが、できなかったのでしょう。

それだけ、アメリカで起こっている黒人差別問題に、強い危機感を覚えたのに、違いありません。

彼女の取った行動を、誰も責めることはできません。
彼女を責めることが、正しいとは私は思いません

一度何かをやると決めてから、これではいけないと気がついて、途中で行動を変えるということは、正しいことです。

また、とても勇気のいることでもあります。

いったん決まったら、それが大きな問題を起こすとわかっても、なかなかやめようとしない。

そういうことが、日本政府にはよく見られますよね。

大坂選手は、それと逆のことを、行ったのです。

これまでアメリカの多くのスポーツ界で、黒人差別に対して声を上げた選手たちは、引退に追い込まれるなどの、代償を払わされて来たと言います。

それは大坂選手も、例外ではなかったでしょう。

自分がどういう処遇を受けるのかという、怖さが大坂選手にもあったはずです。

それでも、自らが信じる行動を示した、大坂選手は称賛に値すると思います。


大坂選手の行動を、彼女自身が黒人だからと、考える人はいるでしょう。

また、確かにその一面は、あると思います。

でも、彼女が声を上げたのは、肌の色に関係なく、人間として黙っていられなかったからではないかと、私は感じています。

差別され殺され続けているのが、黒人でなかったとしても、彼女は同じ行動を取ったに違いありません。


プロのテニス選手なのだから、棄権ではなく、他の方法で差別への抗議をしても、よかったのではないかと言う人もいました。

それが間違いとは言いません。

だけど、自分の仲間たちが、虫けらのように殺されたのを知りながら、平然とテニスをする気持ちには、なれなかったのだと思います。

もし、自分の家族が理不尽に殺されても、あなたは今の仕事を、これまでどおりに続けられるでしょうか。

恐らく、できないでしょう。
普通はできないと思います。

大坂選手が黒人差別による殺人を知り、テニスをプレイする気にならなくなったのは、それだけ亡くなった方に対して、深い悲しみの念を、抱いたからだと思います。

彼女の決断が理解できない人は、結局、差別による殺人を、他人事のように感じているのでしょう。

こんな場面でプロ意識云々と言う人は、プロというものを、ロボットか何かのように、考えているのだと思います。

でも、大坂選手はロボットではありません。
みんなと同じ、一人の人間なのです。

それに今回、彼女が棄権を表明したことで、テニス協会が彼女に同調し、試合日を延期しました。

これは、とても大きな意義があることだと思います。

結果論ではありますが、黒人差別に反対する表明を、テニス協会が出す状況を作ったのです。

大坂選手の棄権宣言がなければ、有り得なかったことです。
これは社会的にも、大きな影響があったと私は思います。

その後、大坂選手はテニス協会と話し合い、出場することになりました。

理由は、より強い抗議の意思を、示すことができると、考え直したからだと言います。

もちろん、自分に賛同してくれたテニス協会への、感謝もあったと思います。

一度棄権すると表明したことを、取り下げたわけですが、これも正しいやり方がわかったから、それを行うことにしたというだけです。

やはり、これも素晴らしいことでしょう。

そして全米オープンで大坂選手は、試合に出ることで、黒人差別問題への、より強い抗議を示しました。

それが入場時に着けていた、名前を書いたマスクです。

そして、それは彼女が予想したとおり、世界中への強いメッセージとなったのです。

アメリカでは黒人差別で、頻繁に黒人の命が奪われています。

そのため被害者の名前は、すぐに新たな被害者の名前に書き換えられてしまうのです。

そうなると、それまでの被害者の名前は、人々の記憶から、忘れ去られてしまいがちに、なってしまいます。

大坂選手はそれを嫌い、亡くなった人たち一人一人のことを、忘れないで欲しいという想いを、マスクの名前に込めたそうです。

また、そうすることで差別問題について、人々に話し合ってもらいたかったと言います。

決勝まで用意した七つのマスクを、全部着けるためには、勝ち進むしかありません。

そのことは、今回の大会での、彼女の大きなモチベーションに、なっていたそうです。

大坂選手は、ただ大会で優勝するために、戦っていたのではないのです。
亡くなった方や、その遺族のために、戦ったのです。

その思いは、彼女の姿に現れていました。

ミスをしても取り乱さず、落ち着いていたのは、人として成長し、強い心を持っていたからでしょう。

全米オープンの決勝では、過去25年間、第1セットを落とした方が、勝つことはなかったそうです。

第1セットを落とすことが、相当のプレッシャーになるのでしょうね。

しかし大坂選手は、第1セットを落としたのにもかかわらず、逆転優勝を成し遂げました。
この事だけでも、彼女がどれだけ強い心を、持っていたのかわかります。

大坂選手は本当のトッププレイヤーが、どういうものなのかを、世界中に示したと言えるでしょう。

ただ強ければいい、という時代は終わったのです。

これからは人間性を、強く求められるようになるでしょう。

それは恐らく、巨大な経済力を持つ個人や、企業にも言えることです。

これからの社会では、お金を多く稼いだ者ではなく、稼いだお金をどう使ったかが、問われることになるでしょう。

そして、人々から称賛されるのは、人間性のある者だけになるのです。

大坂選手は日本国籍を持ちながら、アメリカで暮らしています。
黒い肌を持っていますが、顔は東洋人です。

あなたはどこの人間かと問われても、彼女は答えるのに、窮してしまうかも知れません。

でも、彼女の気持ちはシューズに、書かれていました。

“Home is where the heart is”
(家とは愛がある所)

これが大坂選手の気持ちなのです。
そして、これは多くの人が、願っていることでもあるのです。

大坂選手は、まだ22歳です。

若いのにすごいね、という話ではありません。

これからの世界、これからの社会は、彼女のような若い人たちが、創って行くのです。

その若者たちのあるべき姿を、大坂選手は示してくれました。

これはまさに、これからの世界の姿を、象徴しているように思います。

本当に素晴らしい。

私は改めて、彼女の強靱的なテニスの強さ、そして強靱的な心に対し、称賛を送ります。