歴史文化財に思うこと その2

歴史文化財を後世に残すのだとすれば、人々がそこに歴史的な価値を、見出せなければなりません。

でも、これは歴史的に重要で価値があるものだ、と言ったところで、伝わるものではありません。

学校の歴史の授業が、単なる暗記になっているように、その言葉は覚えるかもしれませんが、そこに込められた意味までは、理解できないと思います。

歴史が自分たちにとって、どんな意味があるのか、という部分が欠落しているのです。

歴史というものに触れるのは、学校の授業が基本でしょうが、そこで歴史の意味や価値を、教えていないから、大人になっても、歴史に関心が持てなくなるのでしょう。

もちろん、個人的に歴史に興味を持つ子はいますが、ほとんどの子供は、歴史よりもゲームなどの遊びに、目を向けると思います。

歴史とは何なのか、どういう意味があるのか、という点において、行政に携わる人が、どれだけきちんと説明できるのだろうかと、考えてしまいます。

もし、きちんと説明できるのであれば、学校の授業で、それが実践されているのか、確認するべきでしょう。

大切なのは、古い建物ではなく、その建物があった時代に、自分たちと同じような人々が、暮らしていたという事実に、目を向けることです。

現在でも注目されるのは、有名な人ばかりですが、社会に存在する人間は、有名ではない人がほとんどです。

そういう人々によって、社会は形成されていますし、そんな人たち一人一人に、人生というドラマがあるのです。

それと同じように、有名な文化財が造られた時にも、有名でない人々が多く暮らし、一人一人が一生懸命に生きていたのです。

そんな人たちの暮らしや考え方が、その時代の文化となるのですから、これらの人々を無視して、歴史を知ったとは言えないでしょう。

たとえば、今から千年後の人たちが、アメリカ大統領や日本の総理大臣の名前や、業績を覚えただけで、今の時代を理解したと言えるでしょうか。

言えませんよね。

それと同じことです。

古い文化財の建物を見ただけでは、何もわかるはずがないのです。

建物はその時代へ案内してくれる、ツールに過ぎません。

しかし、別世界と言っても過言ではない、過去の時代に想いを馳せるのは、簡単なことではありません。

そのためには、まず他人の気持ちや立場を、思いやれないといけないでしょう。

身近な人たちのことを、思いやれないのであれば、過去の人々に想いを馳せるのなんて、無理な話です。

歴史を知るためには、まず身近なことから、知らなければならないのです。

全然関係ないことのように、思えるかもしれませんが、関係はあります。

現在も過去も、同じ時間軸の上にあるわけで、現在の人のことを考えるのも、過去の人のことを考えるのも、やることは同じです。

時間軸のどこに目を向けるかの、違いがあるだけです。

それは未来についても言えるわけで、未来の人々のことを思いやれるかどうかで、今の暮らし方や行動に、違いが出て来るでしょう。

歴史を考えるということは、今や未来を考えるのと、通じるところがあるなんて、面白いと思いませんか。