未来をどう考える
日本では、コロナ騒ぎは収束しつつあるようですが、他の国ではまだ落ち着きを見せていません。
落ち着きそうに見えたものが、再び増えて来ているという状況です。
そもそも日本と状況が違うので、単純に比較して、今後どうなるのかと判断するわけにはいきません。
それでも、日本も同じような経過をたどると見る人も、少なくないかもしれません。
コロナ騒ぎによって、経済はダメージを受け、思わぬ苦しみや家族の死を経験し、不安が差別を呼びました。
テレワークという仕事のやり方が、クローズアップされましたが、人間同士の直接の触れ合いがなくなったことで、精神的に病む人や、自らの命を絶つ人も出て来ています。
このような状況ばかりを見ていると、これからの日本は、世界はどうなるのだろうと、心配になるかもしれません。
また、自分自身が今後どのように生きて行けばいいのかと、悩む人も多いと思います。
しかし、考えてみて下さい。
コロナ騒ぎがある前の世界は、そんなに素晴らしいものだったのでしょうか。
私はそうは思いません。
本当に素晴らしい世界であったなら、コロナウィルスが広がったところで、今のような状況にはなっていないでしょう。
まるでコロナウィルスが世の中を壊したように言われますが、そうではありません。
問題は元々あって、力の強いものだけが勝ち残れる資本主義社会は、基礎の部分が腐って壊れかけていたのです。
そこの所がコロナ騒ぎによって露呈したり、とうとう壊れてしまったというだけの話です。
たとえば、志を一つにした医療体制が整っていたならば、具合が悪くなっても、すぐに病院で診てもらえるでしょう。
コロナ患者は診られませんと言われ、息ができない人が、何時間も病院を探し回ることこそが、異常なのです。
企業によって、従業員の扱いが異なるというのも問題です。
経済にゆとりがある人々の職場では、様々な対策を打ってもらえるでしょうが、そうでない職場では、対策が後手後手になってしまいます。
政府や自治体が、国民や住民のために、機能しているかどうかも、見逃せない大問題です。
これまでであれば、どんな問題があっても、喉元過ぎればで、うやむやにされて来ました。
それでも選挙になれば、力のある議員は当選できるのですから、真面目に仕事をするわけがありません。
また、国民もそんな状況を、半ば諦めていたのかもしれませんが、許して来たのもいけないのです。
そういった様々な問題を抱えたまま、それを無視し続けて来たのが、これまでの社会です。
コロナはそんな社会の問題を浮き彫りにして、これから先をどうするのかと、私たちに問いかけているのです。
この騒ぎを、世の中が壊れてしまったと、不安がるのか、新しい世の中を創るために、古い社会が壊されたと考えるのか。
今の状況を、どうとらえるかで、その人のこれからの行動が、変わって来るでしょう。
この状況を、行動の活力に変えるのか、この状況で力を失うのか。
それは、その人の考え方次第です。
これまでより素晴らしい社会ができることは、誰しもが望むことだと思います。
でも、黙っていても、そんな社会はできません。
打ちのめされた時には、手を差し伸べてくれる人もいるでしょう。
でも、今後ずっとそのまま、というわけにはいきません。
手を差し伸べるのは、その人が立ち上がれるようにするためです。
自分で立ち上がり、今度は自分が手を差し伸べる側になって、他の人たちとともに、新たな社会創りに参加するのです。
そうすることでのみ、これまでとは違った素晴らしい社会が、実現できるでしょう。