ふと思ったこと その3
この記事は約2分で読めます。
ふと思いました。
私たちが光で構成されているならば、私たちの心も光だと言えます。
物質が光が凝縮されたものであるように、今の私たちの自分という意識も、光である心が凝縮されたものだと言えるでしょう。
言い換えれば、一つの焦点に合わせた心が、私たち個人の人格を形成している意識です。
一つの体に焦点を合わせた心が、いわゆる意識ということであれば、物質に凝縮されている光もまた、意識であると言えるでしょう。
すなわち、あらゆる物質、あらゆる存在には、それなりの意識があるということです。
一方で、広がる光のように、焦点を合わせていない心は、私たちが眠っている時、あるいはこの世を去った後の心と、考えることができます。
一つの人格に囚われないで、もっと大きく広がった意識です。
前世や来世、あるいはパラレルワールドにいる自分の分身たち。
彼らの意識とつながり、統合されている状態が、一つの人格から焦点を外し、ぼんやり広がった心です。
そこには、あらゆる体験を通して得た知識がありますから、今の私たちが意識している自分よりも、遥かに高い知性があり、崇高に感じられる自分が、存在しているでしょう。
何かの瞬間に、思いついたり閃いたりということも、この高い知性の自分から来た情報が、今の自分に届いたということなのです。
こんなことを、ふと思いついたのも、きっと私の上にいる、もっと大きな私からの情報なのだと思っています。