自分を許す その2
誰かにひどいことを言われて傷つく時、それは発言の基準となる相手の価値観を、自分が受け入れたということです。
たとえば、大人が子供に馬鹿にされたとしましょう。
大人のくせに、こんなこともできないのか、と子供に言われて、かっとしてしまうのは、大人は子供よりも優れているものだ、という価値観が絡んでいます。
子供はこの価値観に基づいて、何かができない大人をからかいます。
からかわれた大人は、この価値観に基づいて、自分を情けないと思っているため、子供にそこをつつかれると、かっとするのです。
もし、この大人が、大人にだってできないことはあるし、大人より子供の方が優れていることもあるんだよ、と子供に教えられる人であれば、かっとすることはありません。
素直に褒められた子供は、この大人を尊敬するようになるでしょう。
容姿のことを言われて、傷つく時も同じです。
誰かの容姿のことを、いろいろ言う人は、まず、容姿が人の良し悪しを、決める基準になっています。
また、どんな容姿がいいのか、というのは、単なるその人の好みです。
こんな人に容姿のことを言われて傷つくのは、自分の容姿に自信がなく、基本的に相手と同じ価値観を、持っているからです。
本当に魅力がある人というのは、見かけの姿は関係ありません。
魅力というものは、その人の内側から滲み出て来るものなのです。
どんなに見た目をきれいに整えたところで、魅力のない人はたくさんいます。
それに、見た目というものは、個人個人の好みであり、全体的な流行というものも、時代によって異なって来ます。
絶対的に素晴らしい見た目など、ないわけです。
誰かを本当に好きになった時、その人がどんな容姿をしていようとも、関係ありません。
そして、その人の容姿こそが、自分にとって最高の姿になるのです。
こういう価値観を持てるならば、容姿のことを誰かに言われた時、自分が傷つくのではなく、相手のことを哀れに思うことでしょう。
自分を受け入れられないという考えの、基準になっている価値観を見直して、もっと上質の価値観を持つようにすれば、他人の目など気にならなくなります。
自分に自信がない人は、自分を否定するのではなく、自信をなくさせるような価値観こそを、否定しましょう。
それが自分を許すための、第一歩です。