自律性と統一性 その2

 ※Denise HustedさんによるPixabayからの画像です。

人間でいう自律性というのは、その人自身を表現することです。

心筋細胞の自律性とは、心筋細胞が自分の性質を、歪めずに表現することですね。

心臓以外の細胞たちも、それぞれが自分の性質を存分に発揮して、自分たちの活動を行っています。

赤血球や白血球も、お前は今日から赤血球だぞ、君は明日から白血球をやりなさい、と言われて、活動しているのではありません。

それがその細胞の性質であり、そうすることが、その細胞の存在の現れなのです。

私たちも人間だから、今の姿があるわけだし、今のような暮らしをしているのです。

今の私たちの活動は、人間であることの表現です。

しかし、まだ存分に人間であることを、表現できているわけではありません。

せっかく人間に生まれながら、人間としての自律性、つまり人間性を表現できていないのです。

 ※photoBさんによる写真ACからの画像です。

私たち人間は、個人個人考え方や価値観、好みなどが異なります。

同じ世界に産まれて来ても、求めるものや、やりたい事は、人それぞれが違います。

そんな自分を素のままに表現して、自分らしく生きるということが、人間の自律性です。

その人個人の人間性なのです。

そういう目で、今の世の中を見てみますと、自律性を発揮できている人が、どれだけいるでしょう。

ほとんどの人が、自分は何をしたらいいのかわからず、世の中の流れに身を任せて、生きているのではないでしょうか。

それは、生きてはいても、仮死状態ですね。

死んでいるのと同じ状態です。

 ※wagrati_photoさんによるPixabayからの画像です。

社会を心臓にたとえるならば、今の社会は心停止あるいは細動状態の心臓と同じです。

形はあっても、本来の機能は、果たしていないわけです。

心臓が機能を発揮するためには、まずは心筋細胞が自律性に、目覚めなければなりません。

人間社会が本来の姿を持つためには、まずは一人一人が自分の個性を、表現することに目覚めなければならないのです。

そうして、人々が自律性を持つようになったところで、自分たちが何のために存在しているのかを、理解することが必要となります。

心房から心臓全体の心筋細胞に、号令をかけるのは、自分たちは心臓を動かしているのだという意識を、各心筋細胞に持たせているわけです。

言い換えれば、心臓全体の意識の一部であることを、感覚的に理解させているのです。

これと同じように、それぞれの人が個性を示しながら、自分たちが社会の一員であることを、感覚的に理解すれば、自然と統一された社会が形成されるでしょう。

 ※Gerd AltmannさんによるPixabayからの画像です。

社会というのは、人間の集団意識の表現です。

今の社会は、大半の人が自律性、すなわち個性を表現できていません。

表現できている人がいても、ばらばらの状態です。

あるいは、間違った号令を好き勝手に出して、周囲の人々を自分に従わせようとする人もいます。

本当の号令は、誰かが声に出して言うものではありません。

それは、一人一人の心の中に、ちゃんと伝達されています。

ただ、その伝達に気がつくためには、まず自分の個性を発揮するという、自律性が求められるのです。

どういう事かと言いますと、個性を発揮するということは、自分が生きていることに満足し、幸せを感じるということなのです。

幸せを感じるようになると、幸せであることが、どういうことかを理解し始めます。

そして、他の人たちとの、心のつながりの重要性に、気がつくわけです。

他の人の笑顔、他の人の喜びが、自分の幸せと結びついているのだと知ると、自然に他の人たちへの思いやりを、持つようになります。

 ※Sanu A SさんによるPixabayからの画像です。

同じような気持ちを持つ人々は、自然に集まり始め、一人ではできなかったような活動が、可能となります。

それは初めは小さなグループですが、やがて大きなグループへと、発展して行きます。

誰かが指示して行うのではなく、みんなが自分で考えて動くのです。

組織ではなく、仲間なのです。

したくもないのに、仕方がなくて動く人など、一人もいません。

そこにあるのは、互いへの思いやり、感謝と愛情です。

こうした動きの延長線上に、築かれた社会は、元気に血液を送り出す、心臓と同じになります。

一人も取り残されることなく、みんなが社会の一員であることを自覚して、それぞれの個性を発揮しながら、互いを喜びへ導くのです。

これが、本来の人間社会の姿であり、進化した人類の意識が示すものなのです。