> 科学・哲学・心霊 > 世界観 > 相対的な世界 その4

相対的な世界 その4

この記事は3で読めます。

私たちが暮らしているのは、相対的な世界ですが、相対的ではない世界というものが、存在するのでしょうか。

たとえば、大きいか小さいかと言うのは、大きさがあるということです。

大きさがなければ、大きいのか小さいのかなんて、わかりません。

 ※イモ之助さんによる写真ACからの画像です。

前か後ろか、右か左か、上か下か。

これも形があるから、言えることです。
形がなければ、前後、左右、上下の、いずれも決めることはできません。

つまり、姿形がない世界ならば、空間的な相対性というものは、成立しないわけですね。

そんな世界があるのでしょうか。

あります。
それは心の世界です。

 ※fujiwaraさんによる写真ACからの画像です。

心の中でも、夢や空想のように、この世界と似たような空間が形成されると、そこには空間に伴う相対性が生じます。

しかし、瞑想状態のように、ただぼんやりと、意識の存在を感じているだけの時には、空間に伴う相対性はありません。

そんな意識が集まる世界であれば、そこには相対性がないと言えるでしょう。

それは、いわゆるあの世であったり、この世界とは別次元の所かもしれません。

心というものは、本来そのような空間に制限されない世界に、属しているのだと思われます。

また、パラレルワールドにいる自分の分身たちの、意識が統合されるのも、そんな意識の世界でしょう。

そうだとすれば、そこでは今の自分と別の自分の区別が、曖昧になるでしょう。

 ※Enrique MeseguerさんによるPixabayからの画像です。

過去や未来の自分というものも、そこに統合されるとも考えられますね。

すると、そこには現在・過去・未来が、重なって存在するでしょうから、時間による相対性も失われます。

逆に考えれば、そんな相対性のない世界の者が、この世界に生まれ出るということは、とても冒険的なことだと言えます。

何故なら、時空間という制限を受けず、様々な情報を瞬時に手に入れられる者が、肉体という窮屈な「自分」に押し込められ、今ここという情報しか、手に入らなくなるのです。

私たちが、死んでこの世を離れることに、不安を覚えるのと同じように、向こうの世界から、こちらへ産まれることは、とても勇気がいることでしょう。

誰のことを話しているのか、わかりますか?

それは、私やあなた、あるいは他の人々みんなです。