何故今の人生なのか

何で、こんな家に生まれて来たのだろう。
どうして、自分は美人じゃないのか。
もっと、かっこいい男に生まれたかった。
こんな風に、今の自分を否定したくなったことは、ありませんか。
お金さえあれば、こういう事ができるのに、お金がないからできない。
お金に縁がない自分には、未来がない。
勉強もできないし、運動も苦手。
何の取り柄もない自分なんか、先が知れている。
学歴がなく資格もないから、就職先が見つからない。
やっと見つけた仕事はブラックだけど、他に行く当てがない。
不自由な体では、何もできない。
がんばれる人もいるけど、自分には無理だ。
いろいろ現在の自分や、自分が置かれた状況に対して、悩んだり悲しんだり落ち込んだりして、まだ残されている人生を、あきらめ気分で歩んでいませんか。
そんな時は、こう考えてみて下さい。
自分は前世で、散々いい暮らしをしたから、今度は違う人生を選んだのだと。

前世を考える時、前の人生でひどい事をしたから、その罰として、今の人生で嫌な思いをするのだと、考える人がいます。
でも、それは歪んだ見方です。
前世を想定する場合、様々な前世や来世を体験する、多くの自分というものが、存在することになります。
そして、それらの自分を統括している、大元かつ本当の自分というものがあるでしょう。
その自分から見ると、この世界というものは、一種の体験ゲームのようなものです。
この世界における善悪は、大元の自分の立場から見ると、問題ではありません。
善にしても悪にしても、一つの経験に過ぎないからです。
そうやって、様々な体験をすることが目的なのだと考えると、同じ体験を繰り返しても、仕方がありません。
他の人生とは異なる人生を、体験するために、今の人生があるわけです。
ですから、今の人生で不満があったり、恵まれていないことがあるとすれば、その部分については、他の人生で体験済みということなのです。
一見、不便と思われる設定の人生を、どう過ごすのか。
そこから、どんな体験を得られるのか。
そこがポイントです。

お金がなくて困っている場合、お金がない暮らしを体験することが、この人生の目的かもしれません。
それも、お金がない大変さを、体験するためかもしれませんし、お金がなくても楽しいということを、知るということもあるでしょう。
あるいは、普通の人とは違う発想で、お金を稼いでみようという、計画があるかもしれないのです。
あるいは、お金がないという状況は、誰か重要な人と出会うための、設定ということもあると思います。

誰にも相手にしてもらえないと、感じている場合はどうでしょうか。
そんな人は、前の人生でちやほやされたために、自分でがんばるという経験が、できなかったのかもしれません。
あるいは、本当に自分に大切な人が誰であるかを、見抜けなかったのかもしれないですね。
自分の力でがんばる、あるいは、本当に大切な人を見つける。
そういうことのために、ちやほやされない人生を選んだと、考えることはできるでしょう。
でも、不満ばっかり抱えて、ぐちぐちしていると、大切な人がそばにいても、気がつかないかもしれませんし、自分でがんばるということも、できないでしょう。
今の状況が、他の人と比べて、よくないように見えたなら、それはわかった上で、今の人生を選んだのだと、割り切るのがいいと思います。
大変な人生を選んだということは、それだけ自分に自信があるのです。
そんな自信なんかないと思うでしょうが、それは何も覚えていないからです。
本当の自分は、自分の中に秘められた力を、知っています。
だから、今の人生を選んだのです。
つまり、それを乗り切るだけの力が、自分にはあるということですね。
それは、人生というゲームの達人であるということです。
生まれたばかりで、殺されてしまう赤ん坊がいます。
でも、それは自分のために生まれて来たと言うより、自分を殺すかもしれない相手に、考える機会を与えるために、生まれて来たと考えられます。
殺される可能性が高いとわかった上で、生まれて来るわけです。
これは相当強く成長した心でなければ、できないことかもしれません。
そこまでではないにしても、困難な人生を送る人たちは、本当は強い心を持っているはずなのです。
でも、周囲の人たちの視線を気にしたり、他人の価値観で自分を評価したりしていると、せっかくの心の強さを、自ら封じ込めることになります。
どんなにつらく大変でも、これは自分で設定したゲームなんだ。
そう考えれば、誰に気兼ねすることなく、思う存分自分の強さを発揮できるでしょう。
何故、今の人生なのか。
それは、今の人生でないと得られないものが、あるからです。
今の人生だからこそ、得られる喜びというものが、あるのです。
それを得るために、自分で今の人生を設定しているのです。
それは、誰かの力となることかもしれません。
誰かの笑顔こそが、自分の喜びだと知るためかもしれないのです。
そして、そんな喜びを得るだけの強さが、あなたにはあるのです。
