不便な便利 その2

今の若い人たちには、自動車を買う余裕のない人が、多いと思います。

若い人たちの考える便利な物と言えば、やはりスマホでしょうね。

 ※Berutaさんによる写真ACからの画像です。

電話やメールはもちろん、カメラにもなりますし、インターネットを楽しんだり、ゲームをしたり、買い物をしたりと、使い方次第で様々なことができるようです。

私はスマホは持っていないので、詳しくはよくわかりませんが、ガラケーと呼ばれる携帯電話は持っています。

これも電話番号を登録したり、ちょっとしたメモにも使えますから、便利と言えば便利です。

でも、そのお陰で電話番号を、覚えられなくなりました。

また、携帯電話のメモ帳や、パソコンのワープロなどで、文字の自動変換機能を使っていると、ペンで字を書く時に、漢字を思い出せなくなるのです。

そんな経験をしている方は、とても多いと思います。
便利になった分、脳の機能が衰えたのです。

体も動かさなければ、どんどん筋肉が落ちて行きます。

それと同じように、頭も使わなければ、使用されない神経同士のつながりが、どんどん失われて行くのです。

ですから、スマホやパソコンのゲームにはまって、ひたすらゲームをしていたり、ただテレビやインターネットの動画や番組を、じっと見ているばかりだと、脳の機能は衰えて行くでしょう。

 ※Felix LichtenfeldさんによるPixabayからの画像です。

ただ、それしかやらない人は、脳機能の低下に気がつきません。

と言うのは、衰えて行く脳機能を、使う機会がほとんどないからです。

しかし何かの事情で、他のことをせざるを得ない状況が、訪れるかも知れません。

そんな時に、自分では何も考えられない、何も決められない、人に言われたことが理解できない、などの問題が出て来る可能性は、十分にあると思います。

また、今はいつでも無料で通話ができるようなので、特別用事もないのに、ずっと電話をつなぎっ放しにする人がいるようです。

ちょっとトイレに行って来るからと言って、何分も電話に出ないまま、相手を放っておいても平気だし、放っておかれた方も、お互い様なのか平気なようです。

世代の違いと言えば、それまでですが、私たちが若かった頃には、そんな簡単に電話などできませんでした。

市内の相手と喋るならば、3分10円と安かったですが、遠方の人と喋ると、みるみる通話料が増えて行きます。

公衆電話で喋る時には、10円玉を何枚も用意しないといけませんでした。

ですから、喋る時には短い時間で伝えられるよう、何を喋るのかを頭の中で、ちゃんとまとめておいたものです。

また、電話をかけた時に、相手がどんな状態にあるのか、わかりませんから、相手が電話をしていても大丈夫なのかを、必ず確かめていました。

相手が食事をしているだろうとか、仕事中かなとか、寝ている時間だなと思う時には、電話はかけません。

それに大概の家が同じだったと思いますが、電話と言えば、固定の電話が茶の間に一台あるだけです。

 ※リリ子さんによる写真ACからの画像です。

今の若い人は見たこともないかもしれませんが、指でダイヤルの番号を回すタイプの電話です。

のちに番号のボタンを押す、プッシュ式という電話機が出ましたが、固定電話であるのは同じです。

それが今は、パソコンとカメラと電話が一体化した、スマホというものを、一人が一台持っていて、24時間いつでも電話で自由に喋ることができるわけです。

自分が電話をしたいから、電話をする。

自分が目を覚ましているから、電話をする。

そこには相手への配慮や、相手の様子をうかがう想像力がありません。

相手が文句を言わなければ、別に構わないだろうと言えば、確かにそうなのですが、それでも他人を気遣う習慣というものが、失われているのは確かでしょう。

そいういう事は知り合いとの通話ばかりでなく、見知らぬ人との関係においても、相手の事情を考慮するという観点が抜け落ちて、自分勝手な行動を見せることに、なるかもしれません。

たとえば、公共の施設へパジャマにサンダルのような格好で、平気で入って行く。

駐車場があろうがなかろうが、お構いなしで、自分が好きな所に車を止める。

自分が飲み食いしたあとのゴミを、いらないからと言って、どこにでも捨てる。

決して悪気はないのかもしれません。
しかし、自分の行動によって、誰かが迷惑をこうむるかもしれないという、観点が抜けています。

 ※しらさんさんによるイラストACからの画像です。

世の中が平和なのは、みんながルールを守っているからです。

町がきれいなのは、ゴミを拾ってくれる誰かがいるからです。

みんなが好き勝手をするようになれば、どんな町、どんな社会になるのか、考えればわかるでしょう。

しかし、考える能力が低下していると、そういうことを頭に思い浮かべることすら、苦痛になるのかもしれません。

携帯電話やスマホなどを開発した人は、世の中がそんな風になることを、予想して開発したわけではないでしょう。

それでも、便利が産み出す不便というものが、実際に生じてしまうわけです。

自分勝手ではなく、他の人のことを思いやれるのであれば、スマホは本当に便利なグッズとなるでしょう。

そうでなければ、様々な社会問題を生み出す元凶と、みなされてしまうと思います。

でも、これはスマホが悪いのではなく、他人を思いやれるような教育が、なされて来なかったとことが問題でしょう。

これからの教育は、人と人のつながりを大切にできることを、一番の目的にするべきだと思います。