刑務所の話 その2
日本の刑務所でも、高齢化した受刑者たちが、出所したあとも、わざと軽犯罪を犯して、刑務所へ戻って来るようです。
テレビで見せられた刑務所の様子は、刑務所と言うより、老人ホームのような感じでした。
食事は用意してもらえるし、病気になっても無料で診てもらえます。
中には、透析まで受けている受刑者がいました。
出所しても独りぼっちだけど、刑務所にいると、お友だちが一杯いるという受刑者もいるのです。
もちろん、お友だちというのは、刑務官ではなく、似たような高齢の受刑者たちのことです。
刑務官も困惑の様子で、こういう人たちを扱う所は、本当はここではないと思うのだけれどと言うのですが、どうしようもありません。
凶悪な犯罪を犯す者も、刑務所での暮らしが忘れられずに、罪を繰り返す者も、どちらも根っこは同じだと思います。
つまり、社会の中では居場所がない、幸せを感じられない、疎外感がある、などの状況が犯罪を生むということです。
本当に犯罪を減らしたいのであれば、何故犯罪が起こったのかを、徹底的に調べることが重要です。
恐らく、調査はされているのだと思いますが、その結果が、犯罪防止に活かされていないのが、現状でしょう。
その理由は、議員の方たちが、こういうことを真剣に考えていないからだと思います。
真剣に考えているのであれば、もっと多額の税金を投入し、現場に多くの有能な人材を、投入しているはずです。
使える税金は限られているから、限られた中でするしかないと、議員の方たちは考えるのかもしれません。
でも、これは病気にどう対処するのか、という事と同じです。
本当に具合が悪くなってから、病院で治療を受けるよりも、悪くならないよう、予防に力を入れる方が、お金はかかりません。
本人も病院の人たちも、その方が楽です。
犯罪を防ぐことにお金を使うことは、起こった犯罪に絡んだ、様々な費用を捻出するよりも、遥かに安上がりでしょう。
それにお金のことよりも、被害者であれ加害者であれ、不幸な人間を生まずに済むのです。
何でも個人の責任にする人は、基本的に人間が好きではないのでしょうね。
人間が好きなのであれば、個人の責任だと言いながらでも、困っている人を見ると、助けようとするものです。
国のことを、本当によくしたいと思うのであれば、議員の方たちには、すぐにでも動いてもらいたいものです。
お金をかけるだけでなく、現場に関わっているような人たちに、集まってもらって、いろいろ意見を募るのもいいと思います。
会社などでもそうですが、現場の声を聞かずに、上から指示を出して、とにかくこれに従えというのは、状況改善にはつながりません。
また私たち自身も、何でも国任せにするのではなく、困っている人には手を差し伸べるだけの、優しさと心の余裕を持ちたいものです。