奇跡のリンゴ
みなさんは、奇跡のリンゴの話を、聞かれたことがあるでしょうか。
奇跡のリンゴは、青森に暮らす木村秋則さんが、育てたリンゴです。
かつて、農薬なしには、リンゴは収穫できないというのが、リンゴ農家の常識でした。
しかし、木村さんは奥さまが、ひどい農薬アレルギーだったため、奥さまのためにリンゴの無農薬栽培に、挑戦したのです。
初めはみんなから馬鹿にされ、みんなが言うとおり、農薬を使わないリンゴは、害虫の標的にされて、ぼろぼろになったそうです。
木村さんは毎日毎日、虫を捕まえたそうですが、どんなに取っても切りがありません。
リンゴが収穫できないので、家族をまともに養うこともできず、ついにはリンゴの木が全滅しそうになりました。
とうとう心が折れた木村さんは、ある夏の満月の夜、自らの命を絶とうと思い、岩木山へ登ったそうです。
首をくくるロープを、木の枝に引っかけようとして投げた時、狙いがそれてロープは、斜面の下へ落ちました。
その時、そのロープが落ちた所で、木村さんが見つけたものは、きれいな葉っぱをつけたリンゴの木でした。
それは、よく見るとリンゴの木ではなく、ドングリの木だったそうですが、その木が病気もなく、元気に育っている姿を見て、木村さんは何故だろうと考えたと言います。
そして気がついたのは、畑とは土が違うということでした。
人間は、きれいで美味しいリンゴを、むりやり作ろうとして、人工的な肥料を与え、養分を横取りされないように草を抜き、病気になったり害虫がついたりしないように、農薬を使います。
とても過保護な状態のリンゴは、自らを守る力がありません。
しかし、山の中で自然に育つ植物は、それ自身が健全であり、病気に打ち勝つ力を持っています。
その力を生み出しているのは、ふかふかした山の土だったのです。
草は土の中に根を伸ばして、土を柔らかくしてくれます。
枯れた後は、自然の養分になります。
畑の土は、下へ掘って行くと、どんどん冷たくなり、また固くなっているそうです。
それに対して、山の土は柔らかく、下へ掘って行っても、温度が変わらないのだそうです。
また、土の中には多くのバクテリアが暮らしていて、植物が育つ助けになってくれているのです。
自然はそれだけで、うまく行くようにできているのです。
それを人間が台無しにしているのだと、木村さんは気づき、リンゴ畑の土を山の土のように改良したそうです。
その結果、農薬も肥料も除草剤も使わない、自然農法によるリンゴ作りに成功し、みんなを驚かせたのです。
木村さんが命を懸けてまで、無農薬にこだわり続けたのは、奥さまの健康を気遣ったからです。
そんな木村さんだから、不思議な力が働いて、求める答えへと導いてもらえたのでしょう。
木村さんは死のうとしていた瞬間まで、無農薬リンゴを作りたいという気持ちを、持っていました。
そうでなければ、木の枝に掛け損じたロープを、拾いに行った時に、ロープが示してくれた元気な木に、気がつかなかったと思います。
そんな木村さんが、著書の中や講演で、不思議な体験の話をされています。
それは止まった時間の中で、巨大な白い龍を見た話であったり、幽霊に出会った話、あるいは死にかけて体外離脱体験をした話や、宇宙人にUFOに乗せられた話など、いろいろです。
木村さんの人柄から言えば、木村さんが体験した不思議なことは、全て真実なのだと私は思います。
そこから考えられるのは、木村さん自身が自覚をしていなくても、木村さんは目的を持って、この世界に生まれ出たのだということです。
また、木村さんがその目的を果たすために、陰で見えない存在たちが、木村さんを支えていたのだということです。
木村さんは無農薬リンゴを作ることを、目的にしていました。
その結果、木村さんは現在の人間の暮らし方に、問題があると気がついて、それを正すように、人々に伝え続けています。
木村さんが無農薬リンゴを、育てることに成功したという事実は、木村さんが語ることに、大いなる信憑性を、与えてくれています。
全然有名でない、その辺の人が、木村さんと同じことを口にしたところで、誰も耳を貸そうとしないでしょう。
木村さんが命懸けで無農薬リンゴを、世に出せたという事実が、みんなに聞く耳を持たせているのです。
こう考えると、木村さんが子供の頃から経験して来た、すべてのことは、彼が素朴で親しみのあるメッセンジャーになるために、周到に準備された人生設計だったようにも思えます。
彼の優しく強い気持ちを、引き出すためには、彼の奥さんや家族の存在は欠かせません。
あるいは、彼を馬鹿にした人たちでさえ、この状況を作るための協力者であったでしょう。
彼が苦労せずに無農薬リンゴを作ったとしたら、やはり人々は、彼の不思議な体験話を、真剣には受け止めないかもしれないからです。
木村さんからは、多くのことが学べると思います。
しかし、木村さん自身は、自分が特別な人間だとは考えていません。
そうではなく、みんなも自分と同じなんだ、ということを伝えようとしているのです。
木村さんは、自分のリンゴが「奇跡のリンゴ」と呼ばれているうちは、まだまだだと言います。
こういうリンゴが普通に食べられることを、木村さんは願っているのです。
それはリンゴのことだけでなく、全てのことにおいて、人が自然を大切に考えて、暮らせるようになるという意味なのです。