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縁というつながり

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世の中には縁というものがあります。

科学を信奉する人の中には、そんなものは偶然だと言う者も、いるかも知れません。

でも、普通の人であれば、縁を否定する人はいないと思います。

何をやってもうまく行かないし、面白いと思えない。

そんな時に、ある人に誘われて始めた仕事は、天職のように思われた。

他の人が誘われてもよかったのに、自分を選んで誘ってくれた。

これは縁です。


ずっといい人に巡り会えず、もう結婚はあきらめていた。

一人旅に出た先で、たまたま話をする機会を持った人と、一緒になることになった。

これも縁です。

 ※オハヨーさんによる写真ACからの画像です。


全然違う所で生まれ育ち、全く違う経験を積んだ者同士が、ある時にある場所で出会い、互いの存在を認め合うことになる。

その瞬間だけを見ていると、偶然のように思えるかも知れません。

でも、一人一人の生まれてからの動きを追ってみると、その時にその場所で、相手に出会うために、全てが準備されているように思えます。


ただ、せっかく訪れたその瞬間、出会った相手に何かを感じながらも、他のことを考えたり、自分にいい事など起こるはずがないと、決めつけたりすることで、その出会いをふいにしてしまうことも、あると思います。

あるいは、目先の楽しみに心を奪われ、手に入れたはずの大切な出会いを、失ってしまうこともあるでしょう。

 ※Gerd AltmannさんによるPixabayからの画像です。

もしかしたらそんな事は、よく起こっているのかも知れませんね。

理屈ではなく、感覚を大切にしている人であれば、大切な出会いに気づくでしょう。

でも、自分の感覚が信じられない人は、見過ごしてしまう可能性が高いと思います。

それは、ある意味、自分を大切にしていないのと同じです。

自分にはそんな価値なんかないと、自分で自分を低く見たり否定したり、しているからです。


縁というものは、常にいいものとは限りません。

悪縁というものも、あります。

 ※どすこいほたてさんによるイラストACからの画像です。

たとえば、悪い友人に引き込まれて、悪事に走るとか、似たような考えの者同士で、互いの足を引っ張り合いながら、暗い人生を送り続ける、などというものです。

これらの人々も、それぞれの人生を追ってみると、まるで磁石に吸い寄せられるように、互いを引き寄せ合うようになるのが、わかると思います。

こういう人たちには、先ほどのようないい人との縁は、なかったのでしょうか。


悪い道へ走ってしまう人たちの多くは、人生を投げやりに考えたり、自分自身を見捨てている傾向が、強いと思われます。

そういう精神状態の時には、力になってくれる人がいても、疑ってかかるでしょうから、わかりにくいのでしょう。

相手を信じる気持ちを、どれほど持ち合わせているかで、いい縁を引き寄せられるかどうかが、その後の人生を左右させるのだと思います。

しかし、人を信じて騙された結果、誰のことも信じられなくなるということは、あるでしょう。

人を信じられなくなったからと言って、その人を責めるわけには行きません。

ただ、誰のことも信じられなくなれば、待っているのは悪い縁だけです。

人を信じられなくなった理由は、いろいろあるでしょう。

でも、理由の如何に関わらず、人を信じられなくなった者を、待ち受けるものは、全てから逃げ出したくなるような状況です。

 ※L. GesellさんによるPixabayからの画像です。


いい縁を呼び込みたければ、まずは自分を認めて信じることです。

自分になど、いい状況が巡って来るはずがないと、決めつけているうちは、そのとおりの状況が続くでしょう。

今、自分がどんな状況にあろうとも、自分を見捨てたり見下したりしないで、自分の好奇心が求めることに、忠実に生きてみて下さい。

自分の好奇心に従っている時が、一番自然な状態です。

そういう時にこそ、いい縁とのつながりが、できやすいのです。

いい縁に恵まれたければ、自分の本当の姿を押さえ込まず、自分の光を放ち続けることです。

縁は必ずあります。

それに自分が気づくかどうか、だけなのです。