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幽霊を科学する2

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 ※Andreas LischkaさんによるPixabayからの画像です。

幽霊になるのが、無念の死を迎えた人だけであれば、幽霊はその人自身ではない、という考え方もあります。

死んだ人の心と言うより、その人が抱いていた強い思いが、念として残っていると、理解するのです。

要するに、死んだ人の心は消え去るけれど、その人の恨みや悲しみなどの、強いマイナスの思念の渦だけが、しばらくは幽霊という形で、残り続けるというわけです。

しかし、強い思念というものも、物質エネルギーではありません。

強い思念が残るというのであれば、結局は物質エネルギーとは別のエネルギーを、想定する必要が出て来ます。

精神が属するエネルギーを想定するのであれば、人の心が肉体の死後に、残っていても問題はありません。

それでも、肉体は死後に崩壊するから、心も死後に崩壊するだろうと、考えたくなるかも知れません。

確かに、それも一つの考え方だと思います。

しかし、それは推論に過ぎませんし、死後も心が、どこかに存在しているという、可能性を否定できるものではありません。

そのどこかを、昔の人はあの世という言葉で、表現していたのでしょう。

あの世があるのであれば、世界を考える時に、この世とあの世の両方を考慮する、必要が出て来ます。

また、あの世があるとなれば、当然、この世とあの世の間で、連絡を取り合う方法が、あるのではないかと考える人が、出て来るでしょう。

 ※edsavi30さんによるPixabayからの画像です。

「おじいちゃん、そっちの世界では、何をして暮らしているの?」
「生きていた頃と、同じだよ。違うのは、誰かに会いたいって思ったら、その相手が目の前にいるってことかな」

こんな風に亡くなった家族と、いつでも気軽に会話ができれば、素敵だと思いませんか。

テレビ電話のように、モニター画面があれば、遠方で離れて暮らしているのと、何の変わりもないですよね。

未解決の殺人事件も、死んだ本人から話が聞ければ、解決できるかも知れません。

誰かを殺した人は、自分が死んであの世へ行くことを、とても恐れるでしょう。

死後の世界にいる人から、あの世の様子や、この世に生まれて来ることの意味などを、教えてもらえたら、どうでしょうか。

きっと人々の価値観に、革命が起こるに違いありません。

どうせ死んだらおしまいだから、生きている間にいい思いをしよう、という考えは、成り立たなくなってしまいます。

 ※TumisuさんによるPixabayからの画像です。

今の世の中は、科学技術ばかりが大きくなり、人としての心が未成熟な、いびつな社会です。

しかし、あの世の発見により、科学も社会も新たなステージを、迎えることになるでしょう。

新たな時代を迎えた社会は、これまでと違って、精神と科学のバランスが取れた、素晴らしい世の中になるに違いありません。

でも、そのためには幽霊の存在を認め、幽霊について研究しなければなりません。

ただ、幽霊とは、元々生きた人間だったのです。

穏やかな死を迎えた人が、研究に協力するということで、あの世から幽霊となって、現れてくれるのであれば、問題はありません。

しかし、無念の死を迎えて、幽霊になった人たちは、死んだ後も苦しみ続けていると、考えられます。

そういう方たちを研究対象にする場合、その苦しみや無念な思いに対する、配慮が必要なことは、言うまでもありません。

肉体があろうがなかろうが、みんな私たちと同じ人間なのです。

そうは言っても、実際に幽霊を研究しようという、学者はほとんどいないでしょう。

科学的な結論を待っていては、人々が抱えている悩みや、社会の問題を解決することができません。

科学的に研究すれば、必ず素晴らしい成果に、結びつくと思います。

でも一般の人々は、研究を学者任せにしないで、幽霊の存在が意味するところを、自分たちで考えるべきだと思います。

科学的な立証がなくても、自分が納得できれば、人生を生きて行くための指標を、持つことができます。

それは豊かで深みのある人生を、約束してくれるものなのです。

 ※Daniel RecheさんによるPixabayからの画像です。