記録的ヒットのアニメ映画

「鬼滅の刃」というアニメ映画が、空前のヒットだと、NHK ニュースが取り上げていました。

元は少年ジャンプという、週刊漫画雑誌に連載されていた、漫画作品だそうです。

アニメ化されてテレビでも放映していたようです。
今回映画館で上映されたのは、テレビ版の続編だと言います。

私はこの作品を知らないので、何故、これほどの人気が出たのかと、興味が湧きました。

ニュースによると、映画を鑑賞した人たちは、家族愛がよかったとか、敵の鬼も元は人間で、切なさを感じさせられたなどと、語っていました。

また、いろんなキャラクターが登場して、観る人によって、それぞれご贔屓のキャラクターがあるようでした。

そこで、この作品の大まかな話の流れを調べると、時代背景は大正時代で、人を喰らう鬼たちと戦う人たちを、描いた作品でした。

ざっとしか内容を知りませんから、物語そのものについては、私は何も語れません。
それは作品を読んだり、観たりした人でないと、語れるものではありませんから。

私が知りたかったのは、人々がこの作品の、どんな部分に感動したのかという事です。

主人公は、鬼に家族を惨殺され、一人生き残った妹も、鬼に変化させられました。

家族の仇討ちと、妹を人間に戻すため、主人公は鬼と戦う決意をします。

そこには家族のため、妹のために、必死な主人公の姿があります。

ある人が語っていましたが、戦いを主体とした漫画の主人公は、大概がマイペースなタイプだそうです。

しかし、この主人公はとても優しくて、相手が鬼であっても、思いやる心を持っているのだそうです。

また、鬼と戦う人々にも、一人一人の事情や人生があり、悪である鬼でさえ、人間として生きていた頃の、思い出を持っているのです。

単に正義が悪をやっつけるという、勧善懲悪のストーリーではありません。
悪と思える者でさえ、哀れみを感じさせる存在のようです。

そして、敵も味方も、男も女も、次々に死んで行きます。

死というものは、できれば避けたい事です。

漫画やアニメとは言え、自分が好きなキャラクターには、死んで欲しくはないものです。

それをあえて、死なせてしまう事で、嫌でも読者や観客は、死と対峙させれられます。

そして、死と向き合う事で、生きるという事が、強く浮かび上がります。

人は誰でも、いつか死を迎えます。

しかし、死を自分とは関係のないものと考えて、何となく生きているのではないでしょうか。

そんな中、「鬼滅の刃」で生きるという事を、考えさせられた人が、たくさんいたと思います。

これまで、真剣に向き合って来なかった生。

それをどのように生きるのか、という事を、この物語のキャラクターたちは、様々な手本となって、示してくれているのでしょう。

鬼たちでさえ、一つの手本です。

愛を抱いて生きるのか、愛を捨てて生きるのか。

しかし、愛を捨てたはずの者たちにも、実は愛を求める想いがあった。

世の中には、白けている人や、諦めている人、投げやりになっている人、自暴自棄になっている人がいます。

そんな人たちも、自分の本当の気持ちを、突きつけられたと、感じたのではないでしょうか。

本来ならば、男の子に人気が出るジャンルだったようです。

それなのに、女の子にも人気が出て、子供だけでなく、大人までもが夢中になったと言います。

コロナ騒ぎの影響で、敬遠されていた映画館なのに、これほど多くの人が訪れ、何度も繰り返して観ているのです。

この映画には、何か特別なものがあると感じるのは、私だけではないでしょう。

もちろん「鬼滅の刃」が大ヒットしたのは、この作品が奥が深く、質が高いからだとは思います。

でも、ヒットの理由は、それだけではありません。

ヒットした一番の理由は、その作品が描いて訴えていた事が、今の世の中の人たちが、まさに求めていた事だからです。

どんなにいいもの、どんなに優れたものを提供しても、相手がそれを求めていなければ、大ヒットには至りません。

みんな、何かを追い求めていたけれど、それが何であるのか、自分たちでも、よくわかっていなかったのでは、ないでしょうか。

そこに「鬼滅の刃」を示されて、そうだ、これだ、これを探し求めていたんだ、という感じになったのだと思います。

この作品は、これからの生き方を示す、標識や案内板になってくれたに違いありません。

自分が何を求めていたのかを、理解した人たちは、きっと暮らしの中に、それを取り込もうとするでしょう。

躊躇している人も、自分の生き方を見つけた人が、周囲に増えてくれば、新しい生き方に飛び込む勇気が、湧いて来るはずです。

この作品の人気が広がった事は、決して偶然ではないと思います。

「鬼滅の刃」の爆発的な人気は、この世界がこれから、どの方向へ向かうのかを、示してくれています。

そして、それはとても期待のできる、強く優しく思いやりのある、世界に違いありません。