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健康の意味

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健康とは何でしょうか。

WHO憲章では、次のように定義されています。

健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること。

この定義に基づけば、世界は不健康な人が、あふれていると言えますね。

肉体的に満たされているというのは、病気知らず怪我知らずの、体力に満ちた肉体を、持つという事でしょうか。

 ※PexelsさんによるPixabayからの画像です。

年老いて体力が落ちると、もう健康の範疇からは、外れてしまいますね。

子供や若い人でも、運動不足であったり、偏食で骨が弱かったりすると、やはり健康とは言えません。

スマホやパソコンのし過ぎで、目が悪くなったり、猫背になるのもだめですね。

もう、これだけで多くの人が、不健康ということになるでしょう。

さらに精神的あるいは社会的な要素を、考慮するとどうでしょうか。

 ※Anemone123さんによるPixabayからの画像です。

今は学校でも職場でも、精神的に追い詰められている人は、少なくありません。

見た目は明るく元気だった人が、ある日突然、自ら命を絶ってしまう事も、よくあります。

災害やコロナ騒ぎなどで、仕事を失ってしまう人も、社会的に活躍できません。

何とか頑張って仕事をしている人も、社会的に満たされているのかと言うと、そんな事はありません。

世の中の大半の人が、収入が少なくて、四苦八苦しています。

ニュースなどで、一世帯の平均年収という表現をしますが、あれは数字のごまかしです。

極端に収入の多い人が、ほんの少しいるだけで、全体の平均収入値は、ぐんと上昇します。

普通の人たちの実際の収入は、平均年収よりも、遥かに少ないでしょう。

こう見ると、健康と言える人は、ほとんどいません。

WHOの定義を満たせる人物というのは、社会的に地位が高く、肉体を鍛え続けられるだけの、時間とお金があり、自分の状況にとても満足できる人でしょう。

WHOの定義が間違っているのか、世の中の仕組みが間違っているのか。

いずれにしても、世の中の人の大半は、不健康という事です。

 ※Free-PhotosさんによるPixabayからの画像 です。

人類全体を一つの存在として見ると、その構成要素である大半の人が、不健康なのですから、人類は不健康だと言う事ができるでしょう。

私が健康を定義するなら、次のようにします。

本来の力や可能性を、邪魔される事なく自然に発揮し、成長できる状態。

ちょっと抽象的な言い方になりますが、人の場合、人間らしく成長できる事が、人としての健康でしょう。

では、人間らしくとは何なのか。

それは人間を、どのような存在と、とらえるのかという話です。

私は、人間は愛と好奇心に満ちた知性体と、理解しています。

愛の欠如、押さえ込まれた好奇心、思考の放棄、これらは全て、人として不健康な状態です。

逆に言えば、これら三つの要素を、満たしているならば、その人は健康です。

見た目に、体が衰えていようとも、人として健康です。

社会的・経済的に、苦境にあるように見えても、その人は健康です。

 ※John HainさんによるPixabayからの画像です。

人の本質は心です。
体ではありません。

心が苦しんでいる状態にあると、体は連動して調子が狂い、病気になります。

心が健全な状態にあれば、体は本来の調子を取り戻し、元気になります。

それでも人は、いつかはこの世を去る時が来ます。

それに合わせて、体の力が衰えるのは、病気ではありません。

自然な変化を、不健康と見るのは、間違いです。

仕事が上手く行かない、お金がない。

そんな状況において、人は不安になります。

不安になるという事は、将来の自分に、自信がないという事です。

それは言い換えれば、愛と好奇心と思考が、停止しているのです。

自分に自信がないのは、自分を信用していないわけです。
自分に対する愛に、欠けています。

また、落ち込む自分にばかり、目を向けているのは、周囲への愛に欠けています。

好奇心は困った時にこそ、その力を発揮します。

しかし、自信のなさが、好奇心の足を引っ張ってしまいます。

自分を信頼していれば、困った時には、こうなるでしょう。

うーん、困った、どうしよう。
そうだ、こうしてみよう!
これをやるのも、結構面白そうだぞ。

 ※AllClear55さんによるPixabayからの画像 です。

好奇心が動き出すと、それに連動して、思考が動き始めます。

どうせやるなら、楽しい方がいいな。
他の人も笑顔になると、やりがいがあるね。
こんな事、誰もやってないけど、だから面白そうだ。

考えているうちに、心がわくわくして来て、すぐにでも動き出したくなるでしょう。

不安なんて、どこへ行ったのかわかりません。

こんな人は、人として、最高に健康な状態にあると言えます。

そんな事言ったって、結局、だめだったら、どうすんだよ。

そんな風に、文句を言う人もいるでしょう。

だめだったら、別の道を探るだけです。

わくわくしている人に、行き止まりの道はありません。

だめだったらと考えるのは、自信がなくて、自分の将来を諦めている人だけです。

諦めるのは勝手です。

それは構わないのですが、自分の人生をこうだと決めつけて、面白くないままでいるのは、もったいないと思います。

 ※FotoRiethさんによるPixabayからの画像です。

じっとしていても楽しくないのであれば、動くしかありません。

どうせ動かないといけないのであれば、楽しく動けばいいのです。

他人の目なんか、気にする必要はありません。

とにかく、ひたすら楽しさを、追求すればいいのです。

だめかも知れないなんて、考えてはいけません。

心の赴くまま進んでいれば、必ず力を貸してくれる人が、現れます。

本当に懸命に打ち込んでいる人は、他の人の心を、惹きつけるものです。

それに、実際に行動を取ることで、離れた所にいる人にも、自分の存在を知らせることができます。

近くに支援してくれる人がいなくても、離れた所にいる人が、手を差し伸べてくれるでしょう。

多くの人が、愛と好奇心と知性を、発揮している世の中を、想像してみて下さい。

それは幸せの世界と、表現できると思いませんか。

そんな世界を構築できる時、人類は健康だと言えるのです。