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偶然というもの

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 ※Gerd AltmannさんによるPixabayからの画像です。

数学は宇宙の性質を表現する、一つの手段だと私は理解しています。

人間がどのような数式を導けるかは、どれだけ宇宙を理解しているかによるでしょう。

そうは言っても、人間の頭脳だけで、宇宙の全てを理解することは無理です。

しかし、今のスーパーコンピューターよりも、遥かに優れた性能のコンピューターが作られたら、今の人間には不可能な数式を、導き出してくれるかも知れません。

人間も宇宙の一部です。

宇宙の全てを、数式で表すことができるのであれば、人間の行動ですら、数式で表現できるはずです。

そんなの無理でしょと、思われるかも知れません。

人間は自由気ままに、活動しているように見えるからです。

でも、人間の気まぐれな意思決定は、変数という形で表せばいいのです。

変数というのは、y=2x というような式で使われる、xやyのことです。

xには、どんな数字が来るか、わかりません。
数字が確定されていないので、代わりにxという文字を、使っています。

つまり、xというのは、選択の可能性を表しているのです。

一方、y というのは、xによって決まる結果です。

xの所に、具体的な数字を入れると、自動的にyが決まるのです。

たとえば、y=2x のxの所に、1という数字を入れると、yは2と1を掛け合わせた、2になるわけです。

xを-1 にすると、yは-2 になりますよね。

xを 0 にすると、yも 0 です。

こんな風に、xに何を選ぶかによって、yという結果は変わって来ます。

つまり、yというのは、結果の可能性と言えます。

y=2x をグラフにすると、次のようになります。

横軸の数字が x に入る数字で、縦軸の数字が y に入る数字です。

先ほどの例のように、x 軸の数字を 1 に決めると、x 軸の 1 の所から、真っ直ぐ上に延ばした線と、y=2x の緑色の線が、交わります。

その交点から横に真っ直ぐ線を延ばすと、その線が y 軸と交わります。

そこの y 軸の目盛りは、2ですね。

x に 1 を選んだ結果として、y は 2 になったのです。

同様に、x に-1 を選ぶと、結果の y は-2 になります。

x が 0 であれば、y も 0 となるわけです。

この式ですが、見ようによっては、こう見ることもできます。

いい事をすれば、その2倍いいことが返って来る。
何もしなければ何も起こらない。
悪いことをすれば、その2倍悪いことが返って来る。

どんな行動を選択するかが x で、その結果が y として表現できるのです。

もっとも人生は、こんなに単純なものではありません。
数式で表すとすれば、もっと複雑な式になるでしょう。

それでも、人間の行動を数式で表現することは、不可能ではないのです。

恐らく、将来はコンピューターを使って、その人の性格や行動、その人が送るであろう人生を、数式で表現できるようになると思います。

ただし、本人の意思とは別の変数も、考慮しないといけないでしょう。

たとえば、家族や周囲の人々との関係や、突発的に起きる事件や災害、あるいは特別な人との出会いなどです。

 ※Susan VanderwierさんによるPixabayからの画像です。

結果である y の意味を、物質的豊かさとするか、精神的豊かさとするかは自由です。

y の意味を定義することによって、それを表現する数式も、異なるものとなるでしょう。

いわゆる運命のように、こうなる事に決まっていると、考える必要はありません。

自分の意思を表す変数がなければ、運命と呼ばれるような、比較的固定的な結果が、出されるでしょう。

しかし、意思が変数として組み込まれますから、結果は固定的ではありません。

全ては自分が選択したとおりの、結果になります。

いいとか悪いの問題ではありません。

結果は、全ての変数によって決められます。

 ※Peter FischerさんによるPixabayからの画像です。

たとえば、他の変数の結果、あなたが大きな災害に遭う可能性が、高くなっているとしましょう。

あとは、あなたの変数次第です。

あなたが変数に、どんな数字、すなわち行動を選ぶかで、結果は全然違うものになるのです。

たとえ災害を避けられないとしても、怪我一つしない場合もあれば、命の危険に及ぶこともあります。

全ては自分が選んだ変数によって、決まるのです。

 ※Valter CirilloさんによるPixabayからの画像です。

こう考えますと、世の中に偶然というものが、存在しないことがわかるでしょう。

人が偶然という言葉を使う時、それはどうしてそうなったのかが、わからないという意味なのです。

でも、自分がわからないというだけであって、本当はそうなるべくして、そうなったのです。

また他人の行動が、自分の人生の変数となるわけですから、自分の行動も、他人の人生の変数となります。

つまり、お互いの人生に影響を、及ぼし合うということですね。

 ※Free-PhotosさんによるPixabayからの画像です。

人はどんな状況からでも、様々なことを学べます。

楽しいことからも学べますし、悲しいことからも学べます。

人は悲しいことを嫌いますが、悲しむからこそ、学べることもあるのです。

ですから、悲しみを覚悟で、自分の変数を決める人もいるでしょう。

でも、そうでない人がほとんどだと思います。

覚悟していない悲しみに、突如襲われた時、立ち直れなくなるほど、大きなショックを受けるかも知れません。

そんな時には、偶然など存在しないのだと、理解して下さい。

それは起こるべくして、起こったのだと受け止めるのです。

では、何故それが起こったのか。

偶然でないのなら、理由があるはずだと考えるでしょう。

表面的な理由を探すと、誰かのせいにしたくなると思います。

しかし、もっと深い部分での理由を探ると、違う意味を見つけるでしょう。

どんな意味を見つけられるのか。

それが悲しみの後の、その人の変数を決めることになるのです。

そして、その変数がどうなるかで、その人が送る人生も、決まって来るのです。

 ※Bernd ScheumannさんによるPixabayからの画像です。