荒れ狂う世界 その3
これまでも戦争や騒乱は何度もありました。
小さい規模での衝突や殺し合い、個人的な犯罪や事件など、怒りや悲しみを引き起こすようなことは、世界中のどこでも繰り返されて来ました。
それらはエネルギー的に言えば、人間のエネルギーが自然な状態ではないことを、示しています。
本来の状態になれない人々が、狂気に己を見失ってしまって、暴走している状態です。
でも、暴走していない人たちが、自然な状態にあったのかと言うと、そうではありません。
一見、平和で穏やかに見える暮らしの中にいる人たちも、自分たちのことしか考えていない、という人はいくらでもいます。
他の人たちが苦しんだとしても、自分たちの暮らしが安定するのであれば、別に構わないという気持ちですね。
かつての日本もそうでしたが、戦争で有利にある状況の時、人々は戦争を肯定します。
相手がそれで悲惨な目に遭うことなど考えず、勝ったあとに自分たちが、どれだけいい想いができるか、ということしか考えません。
戦争をしていなくても、お金や力で他国を従えている国の人たちの多くは、やはり同じだと言えるでしょう。
直接苦しい想いをしない限り、他の人々の惨状は他人事です。
しかし、これは人間として、とても不自然な状態です。
人間を、生長して花を咲かせる植物に例えたならば、これらの人たちは、決して花を咲かせることがない状態にあるのです。
人間として花開くとは、どういうことなのか。
それを考える必要があるでしょう。
人間は、あまりにも増えすぎました。
地球上には、他の生き物たちもたくさんいるのに、他の全ての生き物たちを追いやって、自分たちだけが生き延びようとしています。
みんな同じ地球の兄弟なのに、自分だけが生き延びようとしているのです。
母なる地球を足蹴にしながら、生きようとしているのです。
これはまさに狂っていると言えるでしょう。
その結果、地球環境に大きな異変を引き起こし、世界的な気候変動を生み出してしまったのです。
多くの人には、地球が荒れ狂っているように見えるでしょう。
でも、狂っているのは人間の方です。
目の前に起こっていることは、今の人間の姿を、自然という鏡に、映し出しただけのことです。
狂っているのは、私たちの方なのです。
でも、それを自然な状態に戻そうと、がんばっている人たちもいます。
本来の人間の姿とは、こういうものなのだと、自分がお手本になって、人々に示してくれています。
それは必ずしも有名な人とは限りません。
子供かもしれませんし、近所にいるような、普通に見える人たちかもしれません。
それぞれが自分に正直に生きながら、みんなと楽しく過ごしています。
その姿を見た多くの人たちは、これこそが求めていたものだと、自分たちも同じような生き方を選ぼうとします。
それはどんどん広がって、もはや誰も止めることができない、すさまじい勢いとなるでしょう。