地球人としての自覚 その4
自分は日本人だと言う場合、私たちは日本のことを知っています。
法律的には国籍を取得していれば、日本人ということでしょうが、もし日本を全然知らなければ、君は日本人だと言われても、一つもぴんと来ないでしょう。
また、同じ日本人だと言っても、北海道から沖縄まで、様々な地域に暮らす人たちがいます。
それぞれの地域には、独自の文化や方言があり、顔つきが異なっていたりもします。
今は国際結婚も増えており、見た目は外国の人間のように見えても、生まれ育ちが日本という人は、珍しくありません。
もう外見だけで、日本人かどうかを判断する時代では、なくなったのです。
それでも自分が日本人だというためには、日本がどんな所なのかを、知っておく必要があります。
それは知識だけでなく、自身の体験が重要です。
同じように、私たちは地球人だと言うのであれば、地球についていろいろ知っておかねばなりません。
そして、地球上の全ての存在が、元は地球という星を構成している物質エネルギーで、できているという事実を、よく噛みしめるのです。
私たちの体は地球の一部なのです。
いわば、地球から分離して生まれたわけですね。
だから、私たち人間は、地球と切っても切れない間柄であり、地球も、他の生き物たちも、みんな家族関係にあるのです。
どんなに、あいつは気に入らないと言ったところで、その相手も地球の分身であり、私たちの身内です。
誰かを差別したり、いじめたりするというのは、自分自身を傷つけているのと、同じ事なのです。
人間は何でも自分を中心に考えてしまいます。
また、自分と自分以外のものを、完全に分けて考えようとします。
これは西洋科学の客観的に見るという姿勢が原因と思われますが、観察者と観察されるものの間には、何のつながりもないと受け止めているのです。
しかし、これは間違いです。
物質的にもエネルギー的にも、私たちは地球の一部です。
人間の姿、人間の思考、人間の能力を基準にして考えるので、他の生き物や存在たちが、奇妙に見えたり、生き物ではないように思えたり、人間より下等だと考えたりするのです。
地球の一部である人間に、心があるのであれば、他の地球の分身たちにも、心はあるとみるべきでしょう。
もちろん、地球にも心はあるのです。
ただ、見た目の姿に違いがあるように、それぞれの心の様子も、その存在によって異なります。
人の心を基準に考えると、そこに心なんか存在しないように思えるかもしれません。
しかし、心はどこにもあります。
相手に心の存在を認めたならば、その相手に対する人間の態度は、大きく変わって来るでしょう。
自然や地球環境に身勝手なことばかりするのは、そこに心が存在しているとは見ていないからです。
人間だけが特別な存在で、人間だけが知性を持ち、人間だけが何をしても許される、という考え方は、その考えを持つ人物の知性が、いかに低いかを示しています。
人間は知性を成長させる存在です。
それが人間の自然な姿なのです。
今の見かけ倒しの知性ではなく、本当の知性を人類が身に着けたなら、国というものは、単なる地方の名前に過ぎないものとなるでしょう。
地球上の全ての人が、同じように喜びに生きることができますし、誰かが苦しんでいることを、誰もが放っておけなくなるのです。
その時、私たちは自分たちのことを、地球人だと認識しているのです。