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何に意識を向けるのか その2

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机や机に置かれた物を、自分の人生に置き換えてみて下さい。

机が自分自身で、置かれた物は、自分の身の回りにある全てのものです。

それは人かも知れませんし、出来事かも知れません。

ペットかも知れませんし、花壇の花かも知れません。

書物や映画などから得られた知識や考え方かも知れませんし、音楽や絵画、ダンスなどから得られる感動かも知れません。

とにかく、自分を取り巻く全ての物が、私という机の上に並べられています。

そして、その中のどれに目を向けるかで、今の自分の気分が決まります。

あるいは、今の自分の気分が、何を選ぶかを決定しているとも言えるでしょう。

毎日仕事に没頭していたり、仕事をするのが当然と考えている人は、仕事に関係した物にばかり、目を向けているはずです。

すぐ隣に家族の写真が置かれていても、全然そのことに気がつきません。

気がついていたとしても、そこに目を向けるような関心が湧いて来ません。

だけど、何かの拍子に家族の写真が、目の前に倒れて来たら、嫌でも目がそちらへ向いてしまいます。

そして、家族のことを思い出すのです。

初めはきれいなカラーの写真だったのに、知らない間に変色して、全体がセピア色になっていたら、あなたは驚くことでしょう。

そして、自分がどれほど長い間、家族の写真に目を向けていなかったの、気づかされるのです。

その写真を撮った時の家族の様子、あるいはそれまでの家族のことが、いろいろと思い出されます。

しかし、その写真以降の家族のことは、何もわかりません。

頭では自分が懸命に仕事をしているのは、家族のためだと考えていました。

他人に対しても、家族を養うためにがんばっているんだと、口にしていました。

ところが、実際はその大切なはずの家族のことが、何もわからなくなっていたのです。

こうなると、これまで目を向けていた、仕事に対する関心は薄れてしまいます。

あれほど重要だと思われていた物が、どうでもいいように見えて来るでしょう。

逆に、セピア色になった家族の写真が切なくて、悲しくなってしまいます。

もし、その写真が突然倒れなければ、家族の大切さを忘れたまま、機械のように働き続けていたでしょう。

そのことを思うと、ぞっとするに違いありません。

家族の大切を思い出した今、その人は現在の家族を探し求めるようになるのです。

こんなことって、あると思いませんか。

人間は目の前にある物や、見ることを習慣づけられたことに、意識を集中し続ける癖があります。

自分が本当は何を求めているのか、本当は何を大切に思っているのかが、わかるようになるまでは、同じことを繰り返し続けるのです。

途中で、本当の気持ちを知って、目を向ける物を変える人もいますが、一生、本当の気持ちがわからないまま、どうでもいいことに夢中になり続ける人もいます。

いいとか悪いという問題ではありませんが、本当の気持ちを知り、それに従って生きることができれば、人生は豊かなものになります。

そんな人生を送りたければ、今自分が目を向けている物が、自分にとって本当に価値があるものなのかを、検討してみる必要があるでしょう。