誰の言葉か その3
権威のある人が、こうしなければいけません、と言ったとしましょう。
大抵の場合、なるほどそうかと、その人の言葉に従うと思います。
従わなかった場合、そのことに対する罪悪感を感じてしまいます。
しかし、権威があるとは言っても、世の中の全てのことを、知り尽くしているわけではありません。
専門家が知っているのは、自分の専門領域のことだけです。
それも、これまでの研究などによって、明らかになっていることが、わかっているだけで、わからないことは、いくらでもあるのです。
得られた研究データから、これこれこういうことですね、と言う専門家がいますが、それはあくまでも、その専門家個人の意見であって、真理ではないのです。
状況が変われば、専門家がそれまでとは全く異なる見解を出すことも、決して珍しくはないのです。
また、専門家の知識が間違っていなかったとしても、人々の日常生活のことまでは、その専門家は知りません。
それなのに、こうしないといけないと、専門外のことについても口を出し、みんながそれに従おうとすると、世の中は混乱するでしょう。
一人一人、それぞれ違う暮らしや、異なる考え方があるわけですから、それを一律に同じようにしろというのは、無理な話なのです。
何が本当の問題で、何をどうするのかということは、全体的に考えながらも、個別に考えるということも必要です。
あの人が、ああ言ったからとか、この人が、こんなことを言ったせいだと、あとから相手に責任を求めたところで、どうにもなりません。
自分のことは自分で判断するよりほかないのです。
専門家だけでなく、親や先生、会社の上司など、権威があるような人たちが、何かを言って来る場合、その言葉を鵜呑みにするのではなく、相手が何を言いたいのか、ということを、よく理解することです。
まずは、それが自分のためを思って、言ってくれているのか、権威自身のために言っていることなのかを、判別しなくてはなりません。
自分のために言ってくれているとわかった場合も、相手が何を根拠に、そのように考えているのかを、理解する必要があります。
その根拠が自分には当てはまらないのであれば、その言葉に感謝はしつつも、従う必要はありません。
なるほど、そうだと自分で納得するならば、自分の意思で、その言葉を受け入れればいいのです。
それは、あの人がこう言ったから、という言葉ではなく、自分で納得して選んだ言葉なのです。