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道を切り開く

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人生の道は、自分で切り開くものです。

じっと待っていても、誰も切り開いてくれません。

そんな人は、他人の道を進むしかありません。

世間の常識や価値観に自分を合わせ、他人と同じように、流行を追い求めます。

みんなが通る道を進むことに、安心感を覚えるのです。

でもそれは、とりあえず道があることへの、安心感です。

本当は自分の道がないから、その道を進むのです。

 ※StockSnapさんによるPixabayからの画像です。

多くの日本人の場合、進学するのも、就職するのも、そこに自分の意思はありません。

親に言われたから、みんながそうするから、そこしか行けないから。
そんな理由で動いている人が、ほとんどでしょう。

仕事や生活に不満があっても、みんなが我慢していると思って、動こうとしません。

あるいは、動いたところで、どうにもならないと、初めから決め込んでいます。

危険が迫っている時や、誰かを助けようと言う時などに、みんなが息を揃えて行動することは、必要ですし大切だと思います。

しかし、普段の暮らしは人それぞれで、どういう生き方をするのかは、その人の自由です。

それなのに、その自由を捨てて、他の人と同じ道を進もうとするのは、せっかく念願のゲームを手に入れたのに、そのゲームを楽しまないのと同じです。

 ※Free-PhotosさんによるPixabayからの画像 です。

人生というゲームに、初めから道はありません。

道は自分で切り開くのです。

それこそが、このゲームの目的です。

なかなか、上手く進めないこともあるでしょうが、それもこのゲームの醍醐味です。

ホイホイと簡単に進むようでは、少しも面白くありません。

自分の道を切り開こうとしないのは、子供が泳ぐのを怖がったり、自転車に乗るのを嫌がったりするのと、同じでしょう。

やったことがないから、自信がない。
溺れたら嫌だから、転んだら痛いから、だからやらない。
別に泳がなくても、自転車に乗れなくても、生きて行けるから。

こんな感じでしょうか。

だけど、こんな人は泳ぎや自転車以外のことも、同じように考えてしまい、結局何一つやらないまま、ただ生きているだけの、人生を送ります。

やってみた結果、こういう理由で、自分にはこれができないとか、自分には合わないと、わかるのならばいいのです。

何もしないで、初めから否定的な結果を決めつけるのは、やはり、もったいない話です。

 ※TumisuさんによるPixabayからの画像です。

そんなことができたところで、それが何?
一銭の金にもならないじゃない。
全然大したことないのに、よくやるね。

こんな風に、すぐに人を批判したがる人もいるでしょうが、そんな連中は、放って置きましょう。

自分がやりたいことを、見つけている人は、絶対にこんなことは言いません。

こんなことを言う人は、自分が何をすればいいのかわからず、他人の人生を生きている人です。

そんな人生がつまらないのは、彼らもわかっているけど、自分ではどうすることもできないのです。

だから、自分の人生を歩もうとする人を見ると、羨ましく思いますし、貶したくもなるのですね。

結局、彼らの言葉は、何もできない自分を、卑下してるわけです。

他人を貶しながら、実は自分自身を貶しているのです。

もし、あなたが誰かに対して、その人が打ち込んでいることを、批判したくなるならば、それは自分には、打ち込めるものが何もないという、気持ちの表れです。

言い換えれば、自分は自分の道を歩んでいない、ということが言いたいのです。

誰かの楽しみに、けちをつけたくなるなら、気持ちを切り換えて、自分もその人を見習って、何かを始めてみようと思いましょう。

どんな小さなことでもいいのです。

自分が面白いと思えることであるならば、いろいろ試してみるべきでしょう。

たとえ、それが糸のような細い道でも、いずれは立派な、あなただけの道につながります。

 ※silviaritaさんによるPixabayからの画像です。