誰のせい 自分のせい その1
人というものは、問題が起こると、すぐに何かのせいにしたがります。
その根底には、自分は間違っていないという思いが、あるのでしょう。
また、普段から世の中の流れに、流されるように生きていると、物事の原因が自分とは別の所にあると、受け止める癖がついているのだと思います。
確かに、原因と結果というように、何かが起こるには、必ず理由があります。
たとえば、車を運転している時に、道路に落ちていた釘を踏むと、タイヤがパンクします。
タイヤのパンクが結果である時、その原因は何か問われると、釘と答える人が多いでしょう。
車を運転していた人は、タイヤに刺さった釘を見て、こんな所に釘を捨てた誰かに、悪態をつくことと思います。
と言うことは、原因は釘ではなく、釘を捨てた誰かということに、なるのでしょうか。
実は、この釘は工事現場に落ちていた物を、子供が拾って遊んでいたとしましょう。
子供が釘を手に持って歩いていると、前から犬を散歩させている人が来ます。
すると突然、犬が子供の方に向かって走り出し、その拍子に飼い主の手から、犬をつないだ綱が、するりと抜けてしまいます。
もう犬を抑えるものはありません。
犬は子供の方へ、まっしぐらに走って来ます。
驚いた子供は、釘を放り出して逃げました。
その釘が車のタイヤを、パンクさせたのです。
こうなると、悪いのは子供でしょうか。
それとも犬でしょうか。
犬の綱を手放した、犬の飼い主が悪いのかもしれません。
ところで、何故犬が急に走り出したかと言うと、逃げた子供のすぐ近くに、猫が一匹いたのです。
犬はその猫を目指して、走って来たのですね。
となると、悪いのはこの猫ということに、なるのでしょうか。
あるいは、猫の飼い主と言えるかもしれません。
こんな風に、原因を探すと、いくらでもつながるものが出て来て、どれが本当の原因なのかを、突き止めるのは簡単なことではありません。
と言うのは、何かが起こった時、その何かが、次に起こることの原因になるからです。
直接の原因が何であるかは言えますが、本当の原因は何かと考えると、いつまでも答えにたどり着きません。
購入した商品が不良品だった場合、その商品を作っている、会社が責任を問われます。
その商品を作る機械の調子が悪いのであれば、機械のせいだと言えるかもしれません。
でも、メンテナンスをちゃんと行っていなければ、そこが責められるでしょう。
メンテナンスを行わないのが、怠慢だと言えば、それまでですが、何故怠慢になるのかと考えると、そこにも原因が見つかります。
会社の待遇が悪いとか、個人的な理由でぼんやりしていたとか、仕事そのものが単調でつまらないとか、いろいろです。
そして、そのいろいろな事にも、やはり原因があるわけです。
何か問題が起きた時、直接的な原因は見つかるでしょう。
でも、その問題を繰り返さないように、原因となった事柄に対処しようとしても、簡単には行きません。
こういう事は、案外と奥が深いのです。