オリンピックを見直そう その1

オリンピックはスポーツの祭典であり、多くのスポーツ選手の憧れです。

しかし、そのオリンピックが今、大きく揺れています。

それは、みなさんご存知のように、来年早々に冬季の北京オリンピックを控えている中国が、新疆ウイグル自治区での、人権弾圧問題を抱えているからです。

これに対して、アメリカを中心に、イギリス、オーストラリア、カナダが、外交的ボイコットを決定しました。

日本も閣僚を送らない方針のようです。

その中国では、女子テニス選手の彭帥さんが、監禁脅迫を受けている疑いが、持たれています。

彭帥さんは、中国の元副首相に性的関係を迫られたと告白し、その直後からの行方がわからなくなっています。

しばらくして、映像やメールなどで安全が確認されたと、政府関係者が発表するのは、とても奇異に見えます。

これは誰だって、政府による圧力だと考えるでしょう。

仮に個人的な事件であるならば、逆に政府が動いて彭帥さんを保護し、生身の彭帥さんの姿を、公の前に見せるはずです。

彭帥さんに対する中国政府の姿勢は、自ら人権問題を認めているようなものでしょう。

これこそが中国なのだと、胸を張っているようにも思えます。

これに対して、女子プロテニス協会(WTA)は素早く、今後の中国での大会開催を中止すると発表しました。

女子テニス協会(WTA)は中国での大会によって、多くの収入を得ていたにもかかわらず、お金よりも人権が大切という姿勢を鮮明にしました。

一方、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は、中国政府の言い分を100%事実と受け止める姿勢を示し、女子テニス協会(WTA)とは対照的な姿勢を見せました。

また、男子テニス協会 (ATP) と国際テニス連盟 (ITF) は、WTAに追随しないで、中国での大会開催を継続する意思を示しました。

この姿勢の違いは、この問題は男には関係ないという考えや、多額の金のためならば、こんなのは些細な問題に過ぎないという見方によるものでしょう。

何か問題が起こった時、それぞれの本音が見えるものです。

しかし、選手個人の意見は別で、男子プロテニスプレイヤーのジョコビッチ選手は、親中派と見られているにもかかわらず、今回の事件に関して、このまま中国で大会を開催することに、異議を唱えています。

女子プロテニスプレイヤーで、元世界王者のシャラポワ選手も、女子テニス協会の英断を指示しています。

ドイツでは、ドイツのトップ選手らが組織する団体「アスリート・ドイツ」が、国際オリンピック委員会(IOC)に対して、彭帥さんが安全である証拠の提示と、独立機関による調査を要求したとされています。

まだ、動きとしては小さいですが、この動きは徐々に広がりを、見せて行くと思います。

ただ、大会への参加によって、生活の糧を得ている選手たちは、面と向かって大会主催者に、文句を言いにくいのも事実でしょう。

声を上げたくても、上げられない選手も多いに違いありません。

そこには、選手たちが大会という興行に、利用されているという現実があります。

全てのスポーツの大会を、選手たちが自ら運営する形にしていれば、このような問題への対処は、統一されると思います。

でも、今は大会主催者やスポンサーに、選手は命綱を握られている状態ですから、安定した地位を得た選手でなければ、なかなか発言はしにくいでしょう。

それでも、今の状況は異常です。

選手たちも、本当に幸せとは言えないと思います。

スポーツは誰のためにあるのか。
スポーツは何のためにあるのか。

今こそ、そこを見直す時期なのだと思います。

様々なスポーツ大会がある中で、オリンピックは群を抜いて、称賛と注目を集める大会です。

各スポーツの世界大会で優勝するのと、オリンピックで優勝するのでは、格が違うような雰囲気があります。

それは、世界中の国々が参加する、単なるスポーツ大会とは異なる意味が、あるからでしょう。

しかし、そのオリンピックもまた、世界的な興行に成り果ててしまい、開催国の名声のために、利用されています。

どんなに素晴らしい成績を出す選手でも、どんなに努力を積み重ねた選手でも、大会主催者にとっては、ただの駒に過ぎないように思えます。

そうでなければ、彭帥さんへの対応が、もっと違うものであったでしょう。

また、東京オリンピックでも、日本国民の神経を逆なでするような言動を、会長みずからが平然と行うところが、オリンピックが腐っている証拠です。

オリンピックは、全てのスポーツ世界大会の、模範となるべきものです。

そのオリンピックが腐っているから、他の大会もおかしなことに、なるのではないかと思います。

人々は、真のオリンピックを取り戻す必要があるでしょう。