伊予の狸話 その2
神通力を持つ狸の中に、有名な刑部狸(ぎょうぶだぬき)がいます。
ゲゲゲの鬼太郎にも登場する、とても強い妖怪です。
私が愛媛で暮らすようになってから、その刑部狸が愛媛県にいたと知り、私はとても驚きました。
愛媛県って、そんなにすごい所だったんだ、と思うほど、私にとって刑部狸の印象は、とても強いものでした。
刑部狸の始まりは、江戸時代に実際にあった、松山のお家騒動だそうです。
それは奥平貞継と奥平久兵衛の、二人の家老の権力争いだったのですが、まずは貞継が勝利して、久兵衛が隠居を命じられました。
しかし、西日本一帯を襲った享保の大飢饉で、松山は最多の3500人という死者を出し、責任を問われた貞継は久万山に蟄居を命じられ、隠居していた久兵衛が家老に復活します。
実験を握ったはずの久兵衛ですが、今度は久万山騒動という、百姓の大規模な逃散が起こりました。
その原因は、飢饉による痛手が回復していない、百姓への厳しい年貢の取り立てなどが原因でした。
そして、久兵衛はその責任を問われて、再び権力を失い、蟄居していた貞継が復活します。
こんなどっちもどっちと言うようなドタバタ騒ぎに、刑部狸や妖怪退治の豪傑が絡めた、松山騒動八百八狸物語という講談話が創られました。
これが刑部狸の始まりで、松山騒動八百八狸物語では、久兵衛が悪役として描かれています。
話では、刑部狸は元々お城を守る立場の狸だったのですが、悪役の久兵衛にうまく味方に引き込まれ、悪役を手助けする役目を負ってしまいます。
その結果、正義の忠義侍が味方につけた、豪傑稲生武太夫に負けてしまい、久万山の狭い洞窟の中に、封じ込められてしまうのです。
ちなみに、この稲生武太夫とは、広島に実在した人物で、若い頃に数多くの妖怪を相手にしても、ひるむことがなかったという話が伝わっています。
さて、この講談話に出て来た刑部狸ですが、久万山の麓に、本当に刑部狸を祀った所があるんですね。
これは山口霊神という、実は刑部狸とは関係のない神さまの祠なのですが、何故かここに刑部狸が祀られているのです。
そもそも山口霊神が何の神さまなのかはわからないそうで、今では刑部狸の祠という印象の方が、強いみたいですね。
元々地元にあった話でもないのに、いつの間にか物語の狸が、ここで祀られているなんて、面白いですよね。
実際は空想の物語が、あたかも本当にあったかのように思わせる光景ですが、恐らく講談話を聞いた昔の人で、それが本当の話だと信じた人が、いたのかもしれません。
その人にとっては、空想話も現実となり、その人は空想と現実が入り交じった世界を、生きていたということなのでしょう。
でも、それは今の世の中でも、同じことが言えるかもしれません。
資本主義経済が絶対であるというのも、一種の空想に過ぎません。
現実は夢とは違うというのも、一種の空想でしょう。
違うという根拠は、どこにもないのです。
空想する中身は、今と昔で違っても、やっていることは案外同じなのかもしれませんね。