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お姉ちゃんに出会った

 お父さんは一泊いっぱくだけすると、次の日、おじいちゃんに軽トラックで駅まで送ってもらった。おじいちゃんはそのまま仕事へ行くので、ぼくは家の前でお父さんとお別れだ。
 お父さんを見送ったぼくは、ちょっぴり泣きそうになった。急に自分が一人ぼっちなんだって思えて悲しくなったんだ。でも、お父さんもお母さんもがんばってる。ぼくだけ泣いたりなんかできなかった。
「タカちゃんが前に来てくれたのは、何年前だったかしらね」
 おばあちゃんが後ろから声をかけて来たので、ぼくは平気を装ってふり返った。
「確か三年生だったから、三年前かな。ゴールデンウィークだったと思うけど」
「じゃあ、このあたりのことは、全然覚えてないでしょ?」
 ぼくがうなずくと、おばあちゃんはこれから二人で出かけようと言った。
 おばあちゃんは車を運転しないから、一人で出かけるときは、いつも自転車だそうだ。でも今日はぼくがいっしょだから、二人で歩いて行くことになった。
 おばあちゃんは歩きながら言った。
「あんたのお父さんはね、あんたとちがって病弱な子だったんだよ」
「お父さんが?」
 おばあちゃんはうなずくと、お父さんがごはんも食べられなくなって、死にそうになったことがあったと言った。
「おはらいもしてもらったんだけど、よくならなくてね。それで大きな病院がある町の親戚しんせきにね、預かったもらったんだよ」
 これはお父さんのお姉ちゃんが亡くなったときのことだと、ぼくは思った。
 お母さんの話では、お父さんがおかしくなったのは、お姉ちゃんの言葉をおばあちゃんがしゃべったからということだった。それでお母さんは、おばあちゃんたちは子供の気持ちが少しもわかっていないって言ってたけど、確かにそうだとぼくも思う。お父さんの気持ちがわかっていれば、おはらいなんかいらないし病院もいらないんだ。
 でも、すんだことで今さらだと、ぼくはお母さんと同じ言葉を心の中でつぶやいた。
 ぼくが何を考えているのかなんてわからないおばあちゃんは、そのまま話を続けた。
「それで、あの子は元気を取り戻したから、町に出したのはよかったんだけどさ。それからずっと家には帰って来なくなっちゃったんだ」
「手紙とか電話もしなかったの?」
「いや、それぐらいはしたけどね。それでも直接顔を見たいじゃないか。それができなかったから、あたしもおじいさんもさびしい思いをしてたんだよ」
 だけどさ――とおばあちゃんはぼくに顔を向けると、にっこり笑った。
「タカちゃんのおかげで、あの子はまたここに顔を見せるようになったんだよ」
「ぼくのおかげ?」
「そうだよ。生まれたタカちゃんを、あたしたちに見せるためにもどって来たんだよ。あのときは、あたしもおじいさんもどれほどうれしかったことか」
「そういうことか。でもおばあちゃんたち、お父さんとお母さんの結婚式には来なかったの?」
「あの二人は結婚式なんてしてないんだよ。お金がなかったからね。言ってくれれば、それぐらいのお金は出してやったんだけどさ」
 おばあちゃんは残念そうな顔をしたけど、ぼくも残念に思った。だって、そのお金が昔もあったなら、お父さんのお姉ちゃんは助かったかもしれないもの。

 おばあちゃんがぼくを連れて行ったのは、ちょっとさびれた感じの商店街だ。シャッターが閉まったままのお店がけっこうある。でも、おばあちゃんがお気に入りの和菓子屋わがしやさんは開いていた。看板を見ると、『ことぶき堂』と書いてある。
「前にも連れて来てあげたんだけど、覚えてないかい?」
 おばあちゃんに言われたぼくは、看板やお店の様子をながめながら考えた。だけど、はっきり思い出せるものはない。見たことがあるようなないような、そんな感じだ。
 ぼくがよく覚えていないのがわかると、おばあちゃんはぼくを店の中へ招き入れた。
 お店には若い女の人がいて、おばあちゃんはその人に大福もちを二つ注文した。
 お店のすみっこには小さな机とイスがあった。二人でそこに座ると、女の人がお皿にのせた大福もちと、お茶を運んで来てくれた。
「ほら、お食べなさい。ここの大福もちはおいしいんだよ」
 おばあちゃんにうながされて、ぼくは大福もちをほおばった。ぼくが食べたのは黒い豆が入ったやつで、おばあちゃんのはヨモギが入った緑の大福だ。
 ぼくは口をもぐもぐさせながら、うまいと思った。確かにこれはおいしいし、何だか前にもここでこうして食べたような気がする。
 その話をするとおばあちゃんは喜び、お店の女の人にぼくのことをいろいろ自慢じまんした。ぼくははずかしくなって下を向いた。

 大福もちを食べ終わると、ぼくたちはしばらく商店街をぶらぶら歩いた。それから近くの川を見に行った。ちょろこぽちょろこぽと流れる水音が、ぼくを呼んでいるみたいだ。
「この川にも来たんだけど、覚えてないかい? ここではタカちゃんのお父さんもよく遊んだんだよ」
 そう言うおばあちゃんの顔は、何だか少しさびしげだった。きっとおばあちゃんには、川で遊ぶお父さんと、お父さんのお姉ちゃんの姿が見えているんだろう。
 ぼくは川を見渡して、目には見えないお父さんやお姉ちゃんの姿を探した。それからおばあちゃんに教えてもらった階段をりて河原に出た。
 そこで改めて川をながめて、ぼくは思った。うん、この川は遊んだ記憶きおくがある。ぼくはうれしくなって水辺に行った。
 河原には少しはなれた所に小学生のグループがいて、小魚でも追いかけているみたいだった。ぼくはそのグループに近づかないようにしながら、水の中を観察した。
 ぱっと見た目には何もいないようだ。だけど、じっと見ていると、ちょろちょろっと小さな魚が泳ぐのが見えた。それに小さな巻き貝もいたし、小さなエビもいた。
 名前がわからない虫も見つけたし、けっこう大きな魚がさっと目の前を横切ったときには、とても興奮した。
 おばあちゃんは河原には降りて来ないで、上の道からぼくをながめている。
 ぼくは立ち上がると、おばあちゃんを呼んだ。でもおばあちゃんが来ないので、また一人で生き物の観察を始めた。
 ふと気がつくと、さっきの小学生のグループが遊ぶのをやめて、ぼくの方をじっと見ていた。何だか居心地いごこちが悪くなったので、ぼくはおばあちゃんの所へもどった。
「もう、いいの? もっと遊んでたっていいんだよ?」
「もういっぱい遊んだから、いいよ」
 ぼくはさっきのグループの方を見た。そいつらは、まだぼくのことを見ていた。感じの悪いやつらだ。
 家にもどる途中とちゅう、ぼくはお父さんのお姉ちゃんのことを、おばあちゃんにたずねてみようかと考えた。だけど、何となく聞けなかった。聞くと、昔のことを思い出したおばあちゃんが、悲しむかもしれないと思ったからだ。

 おばあちゃんはごはんを作ったり、洗たくをしたりするから、毎日ぼくの相手をしているわけにはいかない。
 それに、近所のおばさんがときどき遊びに来て、自分の家みたいに勝手に上がりこんで来る。おばさんはぼくを見つけると、いろんなことを聞いて来るから、ぼくはちょっといやだった。だから、ぼくはおばさんが来ると、一人で外へ遊びに行くことにした。
 もう六年生だから心配いらないねと、おばあちゃんはぼくが一人で出かけることを、気にとめる様子はなかった。
 三年前に来たことがあると言っても、そのときのことなんてほとんど覚えていない。わかっているのは商店街と、おばあちゃんに連れ歩いてもらった道だけだ。
 他は全部見知らぬ場所で、ぼくは探検気分で歩いていた。すると突然、五、六人の小学生が現れて、ぼくを取り囲んだ。
「おい、おまえ、どっから来た?」
 一番体のでかいやつが、いきなりえらそうに聞いて来た。
「どこだっていいだろ?」
 ちょっと腹が立ったから、こっちもえらそうに言い返してやった。すなおに答えたら、何もしていないのにあやまっているみたいだもの。
 だけど、向こうはぼくの態度が気に入らなかったらしい。
「何だ、その言い方は! おまえ、オレたちにけんか売ってんのかよ!」
 けんかを売ってるのは、そっちの方じゃないか。でも、そんなことを言ったら、ほんとにけんかになってしまう。
 ぼくは周囲をちらりと見た。だけど、助けてくれそうな人はどこにもいない。今いるのは、ぼくとわるがきどもだけだ。
 ぼくはけんかは好きじゃない。と言うか、取っ組み合いのけんかなんかしたことがなかった。だから正直言えば、ちょっとこわかった。
 だけど、弱虫だって思われるのもいやだった。だから、ぼくはせいいっぱい強気つよきのふりをした。そうして、ぼくはだまったままボスを横へおしのけた。
 でも相手は他のやつらといっしょに、ぼくをおさえつけようとした。ぼくはがむしゃらにうでをふりまわして、わるがきどもの手をふりほどき、いちもくさんに逃げ出した。
「こら、待て!」
 わるがきどもは追いかけて来たけど、だいたい体がでかいやつは足がおそい。あんのじょう、あのボスらしいやつは足がおそかった。
 ほかのやつらはボスに気をつかっているのか、ボスよりも速く走ろうとはしないようだった。おかげで運動会で足が速いわけじゃないのに、ぼくはわるがきどもを引きはなした。途中とちゅうの十字路を右に曲がると、その先にお寺があったので、ぼくはそこへ逃げ込んだ。

 お寺の境内けいだいには、だれもいなかった。静かでひっそりしている。
 ぼくはちょっとだけあたりを見まわしたあと、お寺の建物の裏へまわった。
 あいつらはぼくをあきらめずに、ここまで追いかけて来るかもしれない。だから、少しの間どこかにかくれて、様子を見るつもりだった。
 それにしても何だよ、あいつら。お父さんも子供のころにいじめられてたって言ってたけど、今も同じじゃないか。自然があっていい所かなって思ったけど、とんでもないや。
 ぼくは悪がきどもに腹を立てながら、お父さんのお姉ちゃんのことを考えた。
 こんなとき、お父さんだったら、お姉ちゃんが来て助けてくれたんだろうな。ぼくはお父さんがうらやましかった。
 でも女の子なのに強いって、どんな人だったんだろう。きっと体が大きくって、怒らせたらこわかったにちがいない。だけど、自分の病気のことよりもお父さんのことを心配する、とても優しい人だ。この強いのと優しいのが、ぼくの頭の中で反発し合い、お姉ちゃんがどんな人だったのかちっとも思いうかばない。
 悪がきどもの声が聞こえた。まだあきらめずに、ぼくを探しているようだ。どうか見つかりませんように。そう神さまにいのりながら、ぼくはお父さんのお姉ちゃんが助けてくれることも願っていた。

「ターカちゃん。こんなとこで何やってんの? かくれんぼ?」
 いきなり後ろから声をかけられて、ぼくはとび上がるほどおどろいた。それからおそるおそる後ろをふり返ると、中学生ぐらいのお姉ちゃんがにこにこして立っていた。
「え? だれ?」
「え? あたしがわかんないの? あんた、タカちゃんでしょ?」
 今度はお姉ちゃんの方が、おどろいていた。
 神さまがぼくのために、けんかが強いお姉ちゃんをよこしてくれたのかと、ぼくはちらりと思った。だけど目の前にいるのはふつうのお姉ちゃんで、ちっとも強そうじゃない。
「そ、そうだけど、お姉ちゃん、だれ?」
「だれって……、もしかして、あんた、あたしのこと忘れたの? そうか、だから、あたしがわからなかったのね?」
 お姉ちゃんが悲しそうな顔になった。ぼくはあわてて、このお姉ちゃんがだれなのかを思い出そうとした。でも、全然何もうかんで来ない。
「あんたって、そんなに白状な はくじょう 子だったのね。お姉ちゃん、ちっとも知らなかった」
 お姉ちゃんは口をとがらせて、ぷいっと横を向いた。
「ごめんなさい」
 ここはあやまるしかない。お姉ちゃんがだれなのか思い出せないけど、向こうがぼくを知ってるんだ。ぼくがお姉ちゃんのことを忘れているのにちがいない。それにしても、誰だっけ?
 あやまりながら下を向いて考えていると、お姉ちゃんはぼくの顔を、さらに下からのぞきこんで言った。
「ねえ、タカちゃん、ほんとにあたしのこと覚えてないの?」
 覚えていないなんて言えない。ぼくが顔を上げると、お姉ちゃんも顔を上げた。
 このお姉ちゃんと遊んでもらった記憶きおくはない。だけど、たぶん三年前に、ぼくはお姉ちゃんと遊んでもらったんだろうな。
 ぼくはお姉ちゃんの顔をまっすぐ見ながら言った。
「覚えてるよ。知らないふりをしただけさ。そこの川で遊んでもらったし、他にもいろいろ遊んでもらったよね? 夏休みの宿題も手伝ってもらったかな」
 ぼくは適当なことを言った。特に夏休みの宿題はよけいだった。それでも、お姉ちゃんはうれしそうな顔になった。
「もう、タカちゃんって意地悪ね。お姉ちゃん、タカちゃんにも忘れられたのかって思って、ほんとに悲しかったんだから」
「だって、お姉ちゃんがいるなんて思ってなかったのに、急に出て来るんだもん。ぼく、おどろいちゃった」
「それで、あたしのこと忘れたふりをしたの?」
 うん――と言ってぼくは下を向いた。本当はお姉ちゃんのこと、全然覚えていないなんて言えないもの。
「そうか……。そうだよね。タカちゃんがおどろくのは当たり前だもんね」
 急にお姉ちゃんがさびしそうな顔になったので、ぼくはあわてて言った。
「でもね、ぼくうれしかったよ。お姉ちゃんに久しぶりに会えて、ぼく、うれしかったんだ。ほんとだよ」
「ほんとに?」
 ぼくが笑顔でうなずくと、お姉ちゃんはまたうれしそうに笑った。
「こうしてタカちゃんといると、昔を思い出すわ。いろんなことして楽しかったわよね」
(昔?)
 ここでは三年前のことも昔になるのか。田舎いなかってこうなのかと、ぼくは思った。
 それにこう言ったら悪いけど、お姉ちゃんが着ている半そでの白いシャツに緑色のスカートって、あんまりおしゃれって感じじゃない。ぼくがいる町の女の子たちと着ているものが全然違うのも、やっぱり田舎いなかだからかな。
 かみの毛だって変わってる。後ろで二つにたばねていて、二本のつながぶら下がってるみたいだ。お姉ちゃんが向こうを向いたら、引っぱりたくなっちゃうよ。
「ねぇ、楽しかったでしょ?」
 ぼくがだまっていたので、お姉ちゃんはまたぼくの顔をのぞきこんだ。
「そりゃあ楽しかったよ。だって、お姉ちゃんがいっしょだもんね」
 たぶん、そうだったんだろう。ほんとは覚えてないんだけど、ごめんね、お姉ちゃん。
 ぼくは昔のことから話を変えたくて、お姉ちゃんにたずねた。
「話はちがうけどさ、お姉ちゃんって、ここにいるの?」
 ぼくがお寺の建物をちらりと見ると、お姉ちゃんは小さくうなずいた。
「うん。今はここにいるの」
「どうして?」
 べつに理由を聞こうと思ったわけじゃない。何となく聞いただけだ。すると、お姉ちゃんは少し困ったような顔になった。
「どうしてって言われてもねぇ」
 それはそうだ。ここが自分の家だったら、いるのが当たり前だ。それをどうしてって聞かれたって、答えられないだろうな。
「ごめん。いいや。それよりぼくね、ちょっと今いそがしいんだ」
「いそがしいって、何がいそがしいの?」
「あのね――」
「あ、こんなとこに、いやがった!」
 後ろで声がした。ふり返ると、あいつらがいた。
 ぼくはお姉ちゃんを見た。お姉ちゃんが助けてくれることを期待したんだ。
 お姉ちゃんはわるがきどもを見ながら言った。
「この子たちは?」
「こいつらね、さっきから、ぼくにからむんだ」
「おい、おまえ、だれとしゃべってんだよ?」
 連中の一人が、あごをつき出しながら言った。
 ぼくはそいつとお姉ちゃんを見比べた。もしかしたら、こいつはこのお姉ちゃんの弟なのかもしれない。だったら、姉として弟をしかってくれるにちがいない。
 だけど、お姉ちゃんの口から出た言葉は、全然ちがうものだった。
「こんなときにはね、ボスをやっつけるのよ。ほかのは相手にしなくていいから、あのでっかいのをやっつけちゃいなさい!」
 言うなりお姉ちゃんは、ぼくの背中をどんとした。その勢いで、ぼくはボスに突進とっしんした。
 まさか、ぼくがそんなに勢いよく向かって来るとは思っていなかったのだろう。ボスはよけるひまもなくぼくにぶつかられ、ぼくといっしょにひっくり返った。
 取り巻きのやつらも、初めは何が起こったのかがわからなかったようだ。ぼくに馬乗りになられてボスが助けを求めたときに、やっとぼくに飛びかかって来た。
 けんかをするつもりはなかった。だけど、こうなってしまった以上やるしかなかった。ぼくをつかまえようとする手に、ぼくは次々かみついてやった。
 本気でかんだから、みんなびっくりして手を引っこめた。中には、血が出たと言って泣き出すやつもいた。
 残りはぼくの下のボスだけだ。だけど、けんかをしたことがないぼくは、このあと、どうすればいいのかわからなかった。
 おびえたような目をしているボスに、右手のこぶしをふり上げてみせた。ボスはぎゅっと目をつぶって横を向いた。
 ぼくは急に気持ちがしぼんでしまい、ボスの上からのいた。
「もう、いいや。やめにするよ。ぼくが気に入らないなら、なぐってもいいよ。なぐるより、なぐられる方がいいや」
 ぼくがそう言っても、だれも飛びかかって来なかった。
 起き上がったボスはおどろいたような顔で、ぼくをじっと見ながら言った。
「おまえ、かっこいいな。オレの負けだ」
 そんな反応をされるとは思ってもいなかった。困ってお姉ちゃんをふり返ると、お姉ちゃんはうれしそうに拍手はくしゅをしていた。
「今度、オレの家に遊びに来いよ」
 ボスはにこやかに言った。ぼくはほっとするやら、うれしいやらで、顔がほころびそうだ。でもそんな顔を見せるわけにいかないから横を向いて、あぁ、とだけ言ってやった。
「約束だぞ」
 ボスはそう言い残すと、ほかの仲間たちに声をかけていなくなった。
 お姉ちゃんは手をたたきながら、とびはねて言った。
「すごい、すごい! タカちゃん、すごいよ! お姉ちゃん、びっくりした。まさか、本当に勝っちゃうなんて思わなかったんだもん」
「え? 勝つって思わないのに、ぼくのことをつき飛ばしたの?」
 お姉ちゃんは笑いながら舌をぺろりと出した。
「だってさ。お姉ちゃん、タカちゃんに強くなって欲しかったのよ」
「何それ?」
 よけいなお世話だよ、まったく。だけど、なぐられなかったし、相手はいさぎよく負けをみとめて、ぼくを家にさそってくれた。いい気分じゃないって言えば、うそになる。
 ぼくは笑った。お姉ちゃんも笑った。今日は、これまでで一番いい日だ。