さよなら、お姉ちゃん
お寺を出てから、おじいちゃんたちはずっとだまったままだ。
ぼくはおじいちゃんとおばあちゃんに、はさまれて歩いていた。逃げようと思ったら逃げられるけど、お姉ちゃんが見つからなかったから逃げるのはあきらめた。だけどそのうちに、またぬけ出すつもりだった。
家に戻ると、おばあちゃんはぼくに優しい声をかけた。だけど、ぼくは返事をしなかった。おじいちゃんたちがお姉ちゃんに対する態度を改めない限り、ぼくはしゃべるつもりがない。それがせめてもの、おじいちゃんたちへの抵抗だ。
夕方になったけど、たくはずだった迎え火はたかれないままだった。そのころにさっきの和尚さんが訪ねて来て、位牌の前でお経を唱えた。
お経を唱え終わった和尚さんは、お姉ちゃんには会えたかなと、ぼくにたずねた。いいえと答えると、和尚さんはそうかと言い、おじいちゃんたちと小声で何かを話した。
夜になると、おじいちゃんはお父さんに電話をした。
聞こえないふりをして聞いていると、早くぼくを迎えに来るようにと、おじいちゃんは強い口調でしゃべっていた。だけどお父さんは予定が変わって、来るのが一日おくれるらしかった。おじいちゃんはおこって電話を切った。
おじいちゃんは、ぼくがきらいになったみたいに見えた。だけど、ぼくは平気だった。こんな家、こっちの方から出て行ってやるんだ。一人ぼっちでも自分の家がいいし、できることならお姉ちゃんといっしょにいたい。
次の日になると、ぼくはおじいちゃんたちの目をぬすんで外へ飛び出した。そのままお寺に行くと、和尚さんがスクーターに乗って現れた。
あわてて近くの木のかげにかくれ、和尚さんが行ってしまうのを確かめると、ぼくはお寺の境内に入った。それから小声でお姉ちゃんを呼びながら探した。
本堂の裏へまわろうとして、本堂の角を曲がると、そこにお姉ちゃんが立っていた。
お姉ちゃんはいつもと同じ白い服と緑のスカートだ。
ぼくがだまってお姉ちゃんにだきつくと、お姉ちゃんもぼくをだいてくれた。
「タカちゃん、また会いに来てくれたんだね。ありがとう」
「ぼく、昨日もここに来たんだよ。でも、お姉ちゃん、昨日はいなかったんだね」
「ごめんね。いたんだけど、出られなかったの」
「どうして?」
「どうしてって……」
お姉ちゃんは口ごもった。お姉ちゃんは自分がおじいちゃんたちに、きらわれていることを知っているんだろう。
自分の家にもいられないお姉ちゃんに、あんな態度を見せたおじいちゃんたちに、ぼくは腹を立てていた。きっとおじいちゃんたちは、お姉ちゃんの親からお姉ちゃんの話を聞いていて、お姉ちゃんをひどい不良だって信じているにちがいない。
「お姉ちゃん、ぼくはずっとお姉ちゃんの味方だからね」
「あたしの味方?」
「そうだよ。ぼく、もう家に帰らないで、お姉ちゃんといっしょにいるよ」
「だめよ、そんなことしたら。みんな、心配するでしょ?」
「心配なんかするもんか。ぼく、決めたんだ。お姉ちゃんといっしょにいる」
「うれしいけど、それはだめよ。言ったでしょ? あたし、遠い所へ行くんだよ」
「ぼくもそこへ行く。いっしょに行くよ」
だめだってば!――お姉ちゃんは初めておこったような顔を見せた。
「タカちゃん、お姉ちゃんと約束したでしょ? ロボットの夢をかなえるって」
「それはそうだけど……。お姉ちゃんが行く所で造るよ」
「だめよ。あっちでは、そんなことはできないの」
「あっちって?」
「だから……、あっちはあっちよ。タカちゃんが行くようなとこじゃないの」
「どんなとこか、お姉ちゃん、知ってるの?」
お姉ちゃんはだまっていた。どうしてもぼくを連れて行くつもりはないらしい。急に気持ちがしぼんだぼくは、下を向いて言った。
「お姉ちゃんが行くの、いつ?」
「あさって」
あさってには、お姉ちゃんがいなくなる。ぼくの目から涙がこぼれた。
お父さんが来るのもあさってだ。おじいちゃんの剣幕だと、お父さんはあさってのうちに、ぼくを家へ連れて帰るだろう。
「あさってだと、ぼく、お姉ちゃんとお別れができないよ」
「いいのよ、そんなこと」
「だって……」
ポケットに入れた紙のことを思い出したぼくは、その紙をお姉ちゃんに手わたした。
「これ、ぼくの家の住所。向こうへ行ったら、手紙を書いてね」
お姉ちゃんは、じっとぼくの住所を見ていた。
「タカちゃん、ここに住んでるのか。今はどうして、こっちにいるの?」
「ぼくのお父さんがね、仕事をクビになって、それから、お母さんのお腹に赤ちゃんがいてね。それで入院したから、おじいちゃんたちのお世話になりに来たんだ」
お姉ちゃんはちょっとの間、ぼくのことを見つめると、ぼくの名前を聞いた。
「東山孝志だよ。お姉ちゃん、知ってたんじゃないの?」
「確かめただけよ。だってさ、この紙には住所しか書いてないじゃない」
あ、そうか――とぼくは自分のまぬけさがはずかしくなった。それで、どんな漢字で書くのかをお姉ちゃんに説明した。
「なるほど、わかったわ。ついでに聞くけどさ、タカちゃんのお父さんの名前は何て言うの?」
「お父さんは東山孝典で、お母さんは志津子って言うの。ぼくの名前は二人の名前から一文字ずつもらったんだ」
「へぇ、そうなんだ。なるほど、そうだったのか」
お姉ちゃんは納得したように大きくうなずくと、にっこりとほほえんだ。
「タカちゃん、お父さんに似てるんでしょ?」
「うん、よく言われる。おじいちゃんもおばあちゃんも、子供のころのお父さんにそっくりだって言ってた」
「そうでしょうねぇ」
「何が?」
何でもないわよと、お姉ちゃんは笑って話を変えた。
「それで、お父さんの仕事は見つかったの?」
「うん。おじいちゃんと同じ建設現場の仕事なんだ。前はロボットを造るって言ってたのに、もうできなくなっちゃった」
「タカちゃんのお父さん、タカちゃんと同じでロボットが好きだったんだね」
「うん。でも、もうだめなんだ」
「だめよ、あきらめちゃ。タカちゃんだってロボット造るんでしょ? だったら、お父さんと二人で造ればいいのよ。どう? いい考えでしょ?」
お姉ちゃんはにこにこしてる。お姉ちゃんに言われたら、何でもできそうな気がしてきた。そうだよ。大人になったら、お父さんといっしょにロボットを造ればいいんだ。
「ぼく、お父さんといっしょにロボット造る! 絶対に造るからね!」
「そうそう、その意気よ。その元気で、お父さんやお母さんをはげましてあげなさいね。それと、生まれて来る赤ちゃん、大事にしてあげてね。赤ちゃんってかわいいのよ」
うなずくぼくの頭を、お姉ちゃんはなでてくれた。そのとき――
「やっぱり、ここへ来とったのか!」
突然聞こえたおじいちゃんの声に、ぼくはびっくりしてふり返った。そこには肩で息をするおじいちゃんと、おばあちゃんが立っていた。
「百合子に呼ばれたのか?」
「ゆりこ? ゆりこってだれ? お姉ちゃんのこと?」
ぼくの質問に二人は答えてくれなかった。代わりにおばあちゃんが辺りに顔を向けながら、百合ちゃん!――とさけんだ。
「百合ちゃん、この子はね、あんたの弟じゃないんだよ。だから、連れて行っちゃだめ!」
「ちょっと、何言ってんの? やめてよ!」
ぼくはおこりながら、後ろをふり返った。だけど、もうそこにはお姉ちゃんはいなかった。腹が立ったぼくは、おじいちゃんたちに文句を言った。
「なんで、そんなにお姉ちゃんのことをいやがるの? お姉ちゃん、何も悪いことしてないのに、なんで、そんな風に言うの?」
おじいちゃんは両手を、ぼくの肩にのせて言った。
「孝志、おまえに本当のことを教えてやろう。おまえが言うお姉ちゃんはな、おまえの死んだおばさんなんだ。あの墓は、そのお姉ちゃんの墓なんだ」
おばあちゃんも、おじいちゃんのとなりで言った。
「あの子が死んだとき、あの子はあんたのお父さんも、あの世へ連れて行こうとしたんだよ。だから、あたしたちはお祓いをして、あんたのお父さんを町の親戚に預けたの。それであの子もあきらめて成仏したって思ってたのに、今度はあんたを連れて行くつもりなんだよ」
ぼくはおじいちゃんの手をふりのけると、ちょっと待ってよと言った。
「お姉ちゃんが、ぼくのおばさんの幽霊だって言うの? 証拠は?」
「お前には会った記憶がないのに、向こうはお前のことをタカちゃんって呼んだろ? それはあの子がお前を、子供のころのお前のお父さんと、かんちがいしとるってことだ。あの子はお前のお父さんのことを、タカちゃんって呼んどったんだよ」
おじいちゃんの言葉は、ぼくを強くゆさぶった。
「あんたがいうお姉ちゃんのかっこうだけど、髪がお下げで、白い服に緑のスカートだったんだろ? あの子も同じお下げの髪で、白い服と緑のスカートはあの子のお気に入りだったんだよ。だから、あの子が棺に入るときに、あたしがあの子に着せてやったんだ」
おばあちゃんの言葉に、ぼくは鳥肌が立った。
「そ、そんなの、うそだ!」
ぼくはうろたえていた。おじいちゃんたちの言うことが本当のように思えたからだ。
好男にはお姉ちゃんの姿が見えていなかった。それに、お姉ちゃんは突然現れたり消えたりする。今だってそうだ。お姉ちゃんは急にいなくなった。お姉ちゃんが幽霊だと言われれば、そんな気がしてしまう。
だけど、ぼくが知ってるお姉ちゃんは生きている人間みたいだった。いや、絶対に人間だ。
ぼくをだいてくれたお姉ちゃんは、やわらかくていいにおいがした。ぼく、ちゃんとお姉ちゃんにさわったし、いっしょに遊んだんだ。
お姉ちゃんはぼくに優しくて、ぼくのことを思って泣いてくれた。ぼくがいっしょに行くって言っても、みんなが心配するからだめって言ったし、ロボットの夢をかなえて欲しいって言ってくれた。そんなお姉ちゃんが幽霊なわけない。お姉ちゃんがぼくをあの世へ連れて行くなんて、むちゃくちゃだ。
それでもぼくの頭の中から、おじいちゃんたちに言われたことがはなれない。お姉ちゃんは幽霊なのか人間なのか、混乱したぼくにはわからなかった。
次の日、ぼくはずっと家にいた。閉じ込められていたわけじゃない。自分で家の外に出なかっただけだ。自分に何が起こっているのかわからなくて、何も考えられなかった。
お姉ちゃんのことが気にはなったけど、お姉ちゃんが幽霊かどうか確かめることになるのがいやだった。それに、もし本当に幽霊だったら、やっぱりちょとこわい気がした。
夜になると、お母さんから電話が来た。お盆が明けたら退院するそうで、実家のおばあちゃんに来てもらうことになったって。つまり、ぼくがお父さんと帰るのは決定的ということだ。
お母さんに心配かけちゃいけないし、お母さんの退院はうれしいことだ。だけど、ぼくはお姉ちゃんのことで頭がいっぱいで、何をしゃべったのかも覚えていない。
お盆の最後の日も、ぼくは家にいた。
この日は、お姉ちゃんが遠い所へ行くって言ってた日だった。そして、お父さんがぼくを迎えに来る日でもあった。
ぼくはお姉ちゃんが言ってたことを、何度も思い出して考えていた。
――あたしもね、家に帰れないから、ここのお世話になってるのよ。
どうしてお姉ちゃんが家に帰れなかったのか。
おじいちゃんたちは、お姉ちゃんが悪霊になったと思ってお祓いをした。つまり、お姉ちゃんを家から追い出したんだ。だから、お姉ちゃんは家に帰れなくなったんだ。
だけど、ほんとはお祓いのせいじゃなくて、おじいちゃんたちがお姉ちゃんを悪霊だって決めつけたから、お姉ちゃんは家に帰れなくなったのかもしれない。だって悪霊じゃないお姉ちゃんをお祓いできるわけがないもの。
――タカちゃんにも忘れられたのかって思って、ほんとに悲しかったんだから。
おじいちゃんたちは、お祓いでお姉ちゃんを無理やり成仏させたって信じてたにちがいない。だから、お姉ちゃんがお盆に戻って来るなんて思ってなかったんだ。それに、お姉ちゃんがまだ悪霊のままかもしれないって疑ってたかもしれない。そんなだからお姉ちゃんは近づけないし、お姉ちゃんがそばにいたって二人とも気がつかないんだ。
お姉ちゃんがぼくをお父さんとかんちがいしたのなら、きっとお父さんもこれまでお姉ちゃんに顔を見せていないんだ。見せてたら、お姉ちゃんがぼくをお父さんとまちがえたりしなかったはずだもの。
お父さんは家を出てしまったし、自分のせいでお姉ちゃんを死なせてしまったって、ずっと悔やんでる。こっちへ来たってお墓参りに行かないのは、お姉ちゃんに会うのがこわかったんだ。だからお姉ちゃんは、お父さんがどうなったのかがわからないまま、あのお寺にいたんだ。だれにも気づいてもらえないまま、ずっとあのお寺にいたんだ。
それを、ぼくだけが気づいてあげられた。お父さんとまちがえたのだとしても、やっと気づいてもらえたって、お姉ちゃんは喜んだんだ。
――生きて夢をかなえるって、すばらしいことなんだから。
お姉ちゃんだって夢があっただろうし、生きてその夢をかなえたかったはずだ。あのときお姉ちゃんは、どんな気持ちでぼくをはげましてくれたんだろう。きっとお姉ちゃん、自分の分も、お父さんに夢をかなえて欲しかったんだろうな。だって、お姉ちゃん、もうそんなことができないんだもの。
ぼくはいつの間にか泣いていた。
ぼくはお姉ちゃんが、亡くなったお父さんのお姉ちゃんだってことを受け入れていた。そう、お姉ちゃんはぼくのおばさんの幽霊なんだ。だけどぼくにとって、お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。ぼくの大切なお姉ちゃんなんだ。
それなのに、そのぼくまでもがお姉ちゃんに会いに行かなくなったから、お姉ちゃん、きっと泣いてる。
ぼく、あんなにお姉ちゃんに優しくしてもらったのに、お姉ちゃん、ごめんね。
気がついたら、ぼくは家を飛び出し、お寺に向かって走っていた。
お姉ちゃんは今日でいなくなる。お姉ちゃんに会えるのは今しかない。お姉ちゃん、お姉ちゃん! 今行くから待っててね。ぼく、お姉ちゃんに会いに行くからね。
ぼくは走りながら、どうしてお姉ちゃんがいなくなるのかがわかった気がした。お姉ちゃんはぼくに会ったことで、やっと成仏できるようになったんだ。
だれにも気づいてもらえなくて、みんなから忘れられたって思ってたお姉ちゃんは、どうしていいかわからなくて、あそこから動けなくなってたんだ。それをぼくが気づいてあげたから、お姉ちゃんは動けるようになったんだ。だから、お盆に向こうから来た人たちといっしょに、向こうへ行ってしまうんだ。きっと、そうだ。
お寺の門をくぐって境内に飛びこんだぼくは、お姉ちゃんを呼びながら、辺りを走りまわった。お墓参りに来てた人もいたし、和尚さんたちもおどろいた様子で顔を出した。だけど、ぼくはかまわずにお姉ちゃんを呼びながら走り続けた。
最後には和尚さん夫婦につかまって、どうしたのかと聞かれた。ぼくは和尚さんたちには返事をしないで、どこかにいるはずのお姉ちゃんに泣きながら謝った。
「お姉ちゃん、ごめんね! ぼく、お姉ちゃんの味方だって言ったのに、お姉ちゃんに会いに来なかった。今日でお別れなのに、お姉ちゃんに会わなかった。だけど、お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。ぼくの大切なお姉ちゃんなんだ。ぼく、ぼく……、ぼく、お姉ちゃんが大好きだ! お姉ちゃんが向こうに行っても、ぼく、お姉ちゃんのこと忘れないよ! 絶対に忘れない! お姉ちゃんと約束したとおり、お父さんといっしょにロボットを造るからね。だから、だから……、そのときはお姉ちゃん、ぼくとお父さんに会いに来てね!」
お姉ちゃんは姿を見せてくれなかった。ぼくは和尚さんたちになぐさめられて、一人でまたおじいちゃんの家にもどった。
しょんぼりしているうちに日が暮れていた。外では虫たちがにぎやかに鳴いている。
玄関のベルが鳴った。ぼくは玄関へ走ると、ドアを開けた。そこには、つかれた様子のお父さんが立っていた。お父さん!――とさけびながら、ぼくはお父さんにだきついた。
「どうした、孝志。何かあったのか?」
お父さんは心配そうにしながら、ぼくを家の中へ入れた。
ぼくは玄関の中に立ったまま、お父さんにお姉ちゃんのことを話した。出て来たおじいちゃんたちも後ろで聞いてたけど、かまわないで全部しゃべった。
「お姉ちゃんがぼくに言ったことはね、ほんとはお父さんに言いたかったことなの。お姉ちゃん、ずっとお父さんのことを心配してたんだよ。だけどね、おじいちゃんたちにお祓いされて追い出されて、どこにも行けないからずっとお寺にいたんだ。そこでぼくをお父さんとまちがえて、ぼくにずっと優しくしてくれたんだよ。それなのに、おじいちゃんたち、お姉ちゃんを悪霊みたいに言うんだ」
あとは言葉にならなくて、ぼくはわあわあ泣いた。お父さんはぼくをだきながら、お姉ちゃんの話を伝えてくれてありがとうと言ってくれた。
おじいちゃんとおばあちゃんも、だまったままうなだれて泣いていた。その姿を見て、ぼくはおじいちゃんたちも、ぼくからお姉ちゃんのことを聞いて、びっくりしただけなんだとわかった。
おじいちゃんたちだって、本当はお姉ちゃんが亡くなったことは悲しいし、できれば生き返って欲しいと思ってた。ただ、お父さんが死にそうになったから、お姉ちゃんが連れて行こうとしていると思いちがいをしてしまったんだ。
ほんとは二人とも、自分の娘を悪霊だなんて思いたくないよ。お祓いなんかしたいわけがない。今度のことだって、ぼくがあの世へ連れて行かれるって本気で心配したから、ぼくを守ろうとしてくれただけなんだ。
「ごめんよ、百合ちゃん。あんたのこと、わかってやれなくてごめんよ」
おばあちゃんが泣きながら、ひとりごとのようにつぶやいた。おじいちゃんも同じように泣きながら、わしらが悪かったとお姉ちゃんに謝った。
「あんないかさま祈祷師を信じたわしらがまちがっとった。あんなに孝典のことを大事にしとったお前が、孝典を連れて行くわけがないのに……」
目に涙をうかべたお父さんは、とにかく中へ入ろうと、ぼくに言った。それで、ぼくたちは仏壇がある部屋へ行った。
仏壇の前にはお盆のために用意した台があり、ぼくが作ったキュウリの馬とナスの牛がかざられている。ぼくたちは、その台のそばに集まって座った。
そのときぼくは、はっとなった。近くの窓の所に、お姉ちゃんがいるような気がしたんだ。そこにお姉ちゃんが立っていて、ぼくたちのことを見つめているみたい。
「お姉ちゃんが、そこにいるよ」
見えないけど、ぼくはお姉ちゃんがいる窓の辺りを指差した。
おじいちゃんたちは窓の方を向くと、見えないお姉ちゃんに声をかけ、何度も謝り続けた。
お父さんは泣きながら、ごめんよ、お姉ちゃん――と言った。
「ぼくは自分のせいで、お姉ちゃんを死なせてしまったって思って、それでぼくもお姉ちゃんのあとを追いかけて死ぬつもりだったんだ」
おばあちゃんがおどろいた顔でお父さんを見た。おばあちゃんは、ようやく自分がしゃべったことの意味を理解したみたいだった。
「ぼくは、お姉ちゃんに悪いことをしてしまったって、ずっと悔やみ続けてたんだ。だけど、ぼくはそんな自分のことばかり考えて、お姉ちゃんの気持ちなんかわかろうとしていなかったんだね。だから、今の今までお姉ちゃんがいてくれたこと、ちっとも気がつかなかったんだ……。ごめんよ、お姉ちゃん……。ごめんよ」
お姉ちゃんの声は聞こえなかった。でも、お姉ちゃんが泣きながら喜んでいるのが、ぼくにはわかった。だって部屋の中いっぱいに、お姉ちゃんの気持ちが広がっていたから。
それはお父さんや、おじいちゃんたちもわかったようで、みんなが泣いていた。
(タカちゃん、ありがとう。さよなら)
頭の中で、お姉ちゃんの声が聞こえた。
「お姉ちゃん!」
ぼくがさけぶと、おじいちゃんたちもお姉ちゃんを呼んだ。
一瞬だけ、大きな牛の背に横向きに座ったお姉ちゃんの姿が見えた。それはお父さんたちにも見えたみたいで、だれもがお姉ちゃんに向かって手を上げながら、お姉ちゃんを呼んだ。
だけど、お姉ちゃんがいた窓には、もうお姉ちゃんはいなかった。
ぼくは窓にかけ寄った。
夕やみに包まれた窓の外では、秋の虫がにぎやかに鳴いている。その中をお姉ちゃんを乗せた牛が、ゆっくりゆっくり歩いて行く。
「お姉ちゃん、さようなら!」
ぼくがさけぶと、後ろでお父さんたちも口々にお姉ちゃんに別れを告げた。
お姉ちゃんを乗せた牛は次第に宙にうかび、空に向かって空中を歩いた。
牛が向かう先にあるのは、きれいな天の川だ。それはぼくが初めて見た、息をのむほど美しい星空だった。お姉ちゃんが行くところは、あんなにきれいな所なのかとぼくは少し安心した。
やがてお姉ちゃんと牛は、天の川と重なるようにして見えなくなった。
後ろでお父さんたちが泣いていたけど、ぼくはもう泣かなかった。だって、お姉ちゃんと約束したんだもの。お父さんといっしょにロボットを造ってお姉ちゃんに見せるんだ。それに、生まれて来る妹も大事にするよ。
「お姉ちゃん、元気でね」
ぼくは天の川に向かって、そうささやいた。
辺りでは秋の虫たちが、何事もなかったかのように鳴き続けていた。静けさを取りもどした星空も、優しくぼくたちにまたたいてる。
でもぼくの心には、お姉ちゃんの香りが残っている。その香りを確かめながら、ぼくはもう一度お姉ちゃんにささやいた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
(おしまい)