大蛇の中の大蛇
身体のだるさも忘れ、わたしはしばらく大蛇の森の入り口に佇んでいた。こんな世界があるなんて、いったい誰が知っているだろう。この大蛇たちは生き物なのだろうか? 生き物だとしたら、史上最大の怪物に違いない。
まったく動かないところを見ると、冬眠しているように思えるけど、ここはヒーターに囲まれているみたいに熱い。この大蛇たちは寒いときに眠るんじゃなく、熱いときに眠るのかもしれない。
とにかく今は動かないからいいけれど、動き出したら大変だ。もし見つかったら、逃げることは不可能だ。ここには隠れるところなんかないし、こんな大蛇の攻撃を避けられる者などいないだろう。
と思っていると、風船たちはどんどん大蛇の森に入り込み、群がるように大蛇たちに近づいて行く。わたしたちをここへ運んだ流れは、今はほとんど感じられないけど、わずかな流れがあるようだ。その流れが風船たちを大蛇たちの近くまで運んでいる。
「ねぇ、あなたたち、あの大蛇が怖くないの?」
わたしは近くに浮かぶ風船たちに尋ねた。だけど、風船たちはわたしの質問がわからないみたい。
――ダイジャ? コワクナイ?
「大蛇がわかんないの? ここにうようよいるでしょ? あのでっかくて、上ににゅって伸びてる生き物よ」
――コワクナイッテ、何?
「怖いかって聞いてるの」
――コワイ? 何?
「え? もしかして、怖いがわかんないの?」
――ワカンナイ。
なんと風船たちは怖いという感情がないらしい。まさに怖いもの知らずというやつだ。だけど、ああやって風船たちが近づいているところを見ると、この大蛇たちは危険ではないのだろうか。
「このでっかいのって、危なくないの?」
――ウン。
危ないという言葉はわかるらしい。それはともかく、風船の答えにわたしは半信半疑だった。危なくないと言われたって、こんな大蛇たちを目の当たりにしたら、怖さを知る者ならば、誰だってすくんで動けなくなるはずだ。
でも風船たちがこの森に入って行くのだから、わたしも行くしかない。とは言っても、この大蛇たちが偽の神だとしたら……。
わたしは踏み出そうとした足を止めて、横にいた風船に聞いた。
「ねぇ、わたしがみんなを嫌ってるって言いふらしているのは、この大蛇たち?」
――ダイジャ?
「だから、このでっかいのが、わたしがみんなを嫌ってるって言いふらしてるの?」
――違ウヨ。
「そうか。違うのか」
ほっとしたわたしは、ようやく足を踏み出した。それでも内心はびくびくだ。離れていたって巨大に見える大蛇に近づいて行くのだから、怖さを知るわたしが緊張するのは当たり前だろう。
だけど、周りにいる風船たちは誰も怖がっていない。怖いと思っているのは、わたし一人だ。大蛇が本当に危険でないのなら、一人で怖がるわたしは滑稽に違いない。
わたしたちはゆっくり一匹の大蛇に近づいて行った。近づくにつれて、巨大な大蛇がさらに巨大に見えるので、やっぱり怖くなってしまう。
そんなわたしを気にするでもなく、風船たちはまったく平気な様子で大蛇に近づいて行き、大蛇の目の中に吸い込まれていた。
大蛇の目は普通のヘビの目と同じで、瞳の部分が縦長の裂け目みたいになっている。風船たちはその縦長の瞳の中に、次から次へと入って行く。
大蛇は白い山に噛みついているので、歩いて行くなら山を登らなければならない。だけどそれは大変なので、わたしは跳び上がって宙に浮かび、風船たちと一緒に大蛇の傍まで行った。それでわかったのは、大蛇の瞳に見えたのは本当の裂け目で、縦穴の洞窟みたいになっている。風船たちはその洞窟の中へ入っているのだ。
では大蛇たちは生き物ではないのかというと、そうではない。瞳が洞窟になっているその目は、時々ぎょろりと動いて辺りの様子を窺っているみたいだ。
それでも大蛇が風船たちを攻撃することはなく、大蛇たちはじっと同じ姿勢のまま、風船たちが瞳の中に入るがままにさせている。
わたしが瞳の洞窟に近づいたとき、大蛇の目はぎょろりとわたしの方を向いた。ぎょっとなったけど、どうしようもない。流れはその瞳に向かっている。わたしは怖さで身体を縮こめながら、風船たちと一緒に瞳の洞窟に吸い込まれて行った。
洞窟の中は真っ暗だろうと思ったけど、どういうわけか薄明るい。それに、すごい熱気が奥から噴き出して来る。その熱気にわたしはたじろいだけど、風船たちはこの熱さが平気みたいだ。ゆっくりだけど何でもない感じで、どんどん奥へ進んで行く。
地面に足を下ろしたわたしは、気を取り直して風船たちについて行った。すると洞窟の奥で、またもや驚くべき光景を目にすることになった。
洞窟の奥は大蛇の口の中につながっているらしく、広がった空間の中に、大蛇が食らいついていた白い山の頂きがあった。その頂きに無数の大蛇が、外の大蛇と同じ格好で食らいついている。つまり、大蛇の中は大蛇だらけだったわけだ。
もちろんこの大蛇たちは、外の大蛇よりは小さい。それでも、神社やお寺のご神木よりも遥かに太くて大きい。動物園で見る大蛇なんか全然比べ物にならないし、恐竜よりも遥かにでかい。きっと恐竜なんか一呑みだろう。これ一匹だけでも、町が大騒ぎになるほどの怪物だ。そんな怪物たちが上からびっしりとぶら下がっている。
この怪物たちの頭もやっぱり白くて、胴体は赤い。見上げてみると、胴体のあちこちから火が噴き出ていた。どうやら熱さの原因はこの火柱らしい。この炎のせいで、尻尾の方がどうなっているのかはよく見えない。
また怪物の胴体には所々に、ぎょろぎょろ動く目玉がいっぱいついている。とても不気味な姿だ。
だけど風船たちは少しも怖がる様子がなく、火の中をくぐりながら上へ移動して行く。その途中で怪物の胴体に次々にへばりつくから、怪物に元気をあげているのだろう。この怪物たちも風船たちから見れば仲間であり、みんなであるのに違いない。
わたしはできれば大蛇たちに近づきたくなかった。だけど、先へ進むには風船たちについて行くしかない。
咬まないでねと言いながら、大蛇たちのすぐ傍へ行くと、わたしは跳び上がった。
宙に浮かんだわたしは、風船たちと一緒にふわふわと大蛇に沿って上昇した。すると、突然目の前に火柱が上がった。
わたしは慌てて大蛇の胴体にしがみついた。そのとき伸ばした手の先に目玉があった。驚いて手を引っ込めると、目玉はぎょろりとこっちを向いた。わたしは思わず後ずさりをしながら身体を起こした。
「あれ? わたし、立ってる?」
大蛇は柱のように上に伸びていたはずなのに、大蛇の胴体は地面のようにわたしの足の下にある。
振り返ってみると、大蛇がかぶりついている白い岩が壁のように見えた。本当は崖の下のように見えるはずだ。
洞窟の入り口はその白い壁の上の方にあって、そこから風船がどんどん入って来る。
前を見ると、目玉がたくさんある胴体が道のように伸びていて、数え切れない火柱が噴き上がっている。
ここの重力はどうなっているのだろうと思いながら、わたしは風船たちが動く方へ歩いた。浮かんでいる方が楽だけど、さっきみたいにいきなり炎が噴き上がると、浮かんでいては焼けてしまう。炎を避けるためには歩くしかなかった。
でも具合が悪いのに、炎や目玉を避けて進むのは酷だった。それに、たくさんの目玉に見張られているみたいで緊張するし、炎の近くは熱くてとても息苦しい。風船たちのためとは言っても、やっぱりつらい。
どこまで進むのかわからないままふらふら歩いていると、目の前に炎が噴き上がった。うわっと思ったら、突然足下が大きく動いた。でも、本当の地面じゃないから地震ではない。この怪物が動いたのだ。間違いなく、この大蛇は生きている。
怪物の胴体は大きく膨らんだように感じられた。足下からぐっと持ち上げられたみたいになって、バランスを失ったわたしは炎の中に転がった。
「うわっ、熱っ、熱っ!」
慌てて炎の中から這い出したわたしは、火傷をしなかったか身体中を触って確かめた。だけど幸いと言うか、どういうわけだかどこにも火傷はなかったし、パジャマも焦げたりしていない。
髪の毛だって、チリチリになったのではないかと心配したけど、ボサボサなだけで、どうにもなっていなかった。どうして火傷をしなかったのかはわからないけど、ようやくわたしはほっとした。それにしたって、この熱さはほんとに勘弁してもらいたい。
――敵ガイルゾ、火ヲ吐ケ!
小人が喋ってるみたいな、小さな早口の甲高い声が聞こえた。周囲を見渡したけど、敵とわかるようなものはいない。もしかして敵って、わたしのことだろうか?
わたしはしゃがむと、足元の赤い大蛇に声をかけた。大蛇の上を歩いていたし、火に焼かれても大丈夫だったからか、わたしの大蛇への恐怖はどこかへ行ってしまったようだ。
「ねぇ、敵ってどこにいるの?」
――知ラナイ。
大蛇と思われる声が聞こえた。だけど、さっき聞こえた声とは違う。若い女性みたいな声だ。その少々投げやりな言い方に、わたしは少しむっとした。
「敵がいないと、火を吐かないの?」
――ソンナコトナイ。
「どんなときに吐くの?」
――イツモハ少シダケ。敵がイタラ、タクサン。
「敵がここにいないなら、この火はどんな役に立ってるの?」
――知ラナイ。
大蛇の言葉は素っ気なかった。返事をするのが面倒臭いみたい。
――敵ガイルゾ、火ヲ吐ケ!
また小人の声がした。わたしはもう一度周りを見たけど、何もいない。
「ねぇ、さっきから誰かが火を吐けって言ってるけど、誰が言ってるの?」
――知ラナイ。
「知らない相手に言われて、火を吐いてるわけ?」
――ソウ。
嫌そうな喋り方に、わたしは腹が立った。威張るわけではないけれど、風船たちはわたしを神さまだと言って慕ってくれている。大蛇も風船たちの仲間だったら、少しはわたしに敬意を払ったっていいはずだ。
「あなた、わたしが誰だかわかってる?」
――神サマ。
小さな消え入りそうな声が聞こえた。
「あなた、わたしのこと、嫌いなんでしょ? だから、そんな風に喋るのね?」
――ゴメンナサイ。神サマ、大好キ。デモ、壊レソウデ喋レナイ。
「壊れそう? 死んじゃうってこと?」
――ソウ。
わたしは、どきりとした。こんな怪物のような大蛇が死にそうだなんて、それほど大変なことが、今この世界で起きているということなのか。
「何で壊れそうなの? 敵が来てるから?」
――食ベル物、ナイ。
「食べる物? 食べる物って、どんなの?」
――トッテモキレイデ、飛ンデ来ル。
「それが今は飛んで来ないの?」
――モウ、ズット来ナイ。ダカラ、体、小サクナッタ。
これでも体が小さいだなんて驚きだ。以前はどれだけ大きかったと言うのだろう?
――ソレニ、元気、モラエナイ。
「元気? 元気って、この子たちが分けてくれる元気のこと?」
わたしは風船たちを見回して言った。大蛇は、そうだと答えた。
確かに、わたしが記憶している風船たちはもっと真っ赤で、ぱんと張ったような感じがあった。でも、今の風船たちは赤黒くて張りも弱いし、青くしぼんだものもたくさん交ざっている。青い風船は分け与える元気がなさそうだし、赤黒い風船が分けられる元気は少ないのだろう。
――食ベル物、元気、ドッチモナイト、火ヲ吐ケナイ。
「火が吐けなくなると、どうなるの?」
――壊レチャウ。
これは大変だ。この大蛇たちの役割が何なのかはわからない。だけど、大蛇たちが死んでしまうことは、世界の滅亡とつながっているに違いない。
――敵ガイルゾ、火ヲ吐ケ!
また、あの声がした。見上げると、頭の上は天井だ。この天井は、外側の大蛇の体壁なのだろう。その天井から小さくて真っ白なヘビが、ぶらんとぶら下がっている。
――敵ガイルゾ、火ヲ吐ケ!
どうやら、声の主はこのヘビのようだ。太さはわたしの指ぐらい。長さは一メートルもなさそうだ。
「敵って、どこにいるのよ?」
わたしが尋ねても、白いヘビには聞こえないのか、同じ台詞を繰り返すばかりだ。
わたしは白いヘビと話すのは諦めて、風船たちに食べ物の場所を尋ねた。だけど風船たちの答は、ワカンナイ――だった。
場所の名前がわからないだけかと思って、そこへ連れて行けるかと聞いてみたけど、答はやっぱり、ワカンナイ――だった。
困った。このままでは世界が滅びてしまう。だいたいわたしの偽物は、何故この世界を呪うのだろう? 風船たちが元気を取りに行く所は、悪いものが壊そうとしているし、大蛇たちの食べ物も飛んで来なくなった。これらのことは無関係とは思えない。両者はどこかでつながっているはずだ。そして、それを操っているのは偽の神に違いない。
わたしは神さまと呼ばれているのに、この世界のことを何もわかっていない。それなのに偽の神の方は、世界を掌握していて思いどおりに操っている。
これでは、どちらが本物の神なのかわからない。悔しいけど、風船たちが誤解しているだけのことで、向こうの方が本物の神なのかもしれない。
だけど、たとえそうだとしても許せない。わたしを慕ってくれる者たちが、理不尽に滅ぼされてしまう。それを黙って見ているなんて、わたしにはできない。
とにかく世界を滅ぼそうとする偽の神の正体を暴くしかない。
わたしは大蛇を励ますと、先を急いだ。大蛇の胴体はとても長く、吐き出される炎は熱い。でも、それで燃えるわけではないのがわかったから、わたしは火の中に何度も飛び込みながら進んだ。
途中で天井からぶらさがる白いヘビに、何度も出くわした。白いヘビたちは同じ声、同じ口調で、敵ガイルゾ、火ヲ吐ケ!――と繰り返している。まるで録音テープを放送しているスピーカーみたいだ。
可哀想に、足下の赤い大蛇は、こんなちっぽけなヘビに言われるまま炎を吐き続けている。食べ物も元気も不足しているのに、こんなことが続いたら死ぬのは当たり前だ。
わたしは大蛇に同情したけど、自分もかなり具合が悪い。特にこの熱気が耐えがたい。ふらふらになりながら進んでいたけど、わたしはとうとう炎の中に倒れ込んだ。
熱くても通り過ぎる瞬間であれば我慢ができる。だけど倒れたままだと、身体が焼けなくても焼けそうだ。あまりの熱さに悶えながら炎から這い出したけど、もう限界だ。
ぼんやりした頭を上げると、前方に白い岩が迫っているのが見えた。その岩の上方には洞窟の入り口が見える。わたしは落胆の呻き声を上げてうなだれた。
ここは初めに入って来た場所だ。洞窟が縦長の亀裂みたいになっているのが、その証拠だ。あれは外側にいる大蛇の瞳の形だ。
きっと頭がぼんやりしてるから、何度も転びそうになっているうちに、進む方向を間違えて元の場所へ戻ったのだ。でも、もう一度長い大蛇の上を移動する力は残っていない。
朦朧としながら風船たちに目を遣ると、青くしぼんだ風船たちが、ゆっくり移動しながら岩の上の洞窟へ入って行く。洞窟からこちらへ出て来る風船は一つもいない。
おかしいなと思ったわたしは、力を振り絞って立ち上がった。ふらふらと白い岩の傍まで行くと、大蛇の白い頭が大きな口で岩に咬みついている。
やっぱり初めの所に戻ってしまったようだ。わたしはがっかりしながら、大蛇の頭に手を触れた。途端に大蛇の頭ごと身体が前に倒れ、わたしは大蛇の頭から岩の上に転げ落ちたような格好になった。
体をさすりながら立ち上がると、目の前に洞窟があって、青い風船たちがその中へ移動して行く。後ろを振り返ると、白い岩に咬みついた大蛇が真っ直ぐ逆立ちをしていた。
見上げると、初めに見た時よりも大蛇の胴体が太くなっていて、隣り合った大蛇との間が狭くなっている。それぞれが火を噴き出しているから、一番上の様子はわからない。
もう一度洞窟に目をやると、やっぱり風船たちは出て行くばかりだ。中に入って来る風船は一つもない。ここが出口なのは間違いないようだ。
わたしはしばらく考えて、ようやく結論にたどり着いた。それは、この大蛇には尻尾がなく、両端が同じような頭になっているということだ。それぞれが白い岩に咬みついていて、こっちと向こうの白い岩をつなぎ止めているのだろう。それにどんな意味があるのかはわからない。でも恐らく、それはこの世界にとって大切な役目なのだと思う。
洞窟を抜けると、外の大蛇の森に出た。どの大蛇も初めに見たときよりも、太くなっている。
上を見上げると、白い空がとても低く見えた。でも、あの白い空は本当は空じゃない。ここと同じ白い岩だ。さっきはあそこにいたのかと思うと、とても奇妙な気分になった。
そのとき、急に上の岩が遠ざかった。同時に大蛇たちの胴体が、細くなって伸びて行く。やっぱり思ったとおりだ。この大蛇たちは二つの岩を結びつけ、近づけたり遠ざけたりする。それには途轍もない力がいるはずで、その力を生み出すには大蛇が言った食べ物と、風船たちがくれる元気が必要なのだ。わたしは改めて、何とかしなければと思った。
大蛇の森を離れると、わたしたちは再び狭い通路に入った。周りは青い風船ばかりだ。赤いままの風船はいない。通路は徐々に広くなり、それに従って青い風船たちの数が増えて行く。流れも次第に強くなり、わたしの身体も再び浮かび上がった。
さっきまでとは違うのは、後ろから流れに押されているのではなく、前の方に吸い寄せられるみたいということだ。空間の色も薄緑色ではなく薄い青だ。
後ろからの流れがないからか、あの嫌な感情は湧いて来ない。だけど代わりに滅び行く世界の絶望が辺りに満ちている。
熱気は大蛇の森を訪れる前より強い。と言うことは、流れの熱はあの大蛇たちが出す炎の熱なのかもしれない。その熱が流れに乗って、世界中へ広がっているのだろう。
それはおそらく敵が現れたという警報の意味なのだろう。だけど、普段の炎にはどんな意味があるのだろう?
わたしは大蛇の炎がなかったら、世界はどうなるのかと考えた。それでわかったのは、きっと、世界は寒さで凍えてしまうということだった。きっと大蛇は世界の温度を調節しているのだ。わたしは納得して一人うなずいた。
そのとき、ずっと先の方に何かが動いているのが見えた。同じリズムで動いている。
近づいて行くうちに、それが途方もなく巨大な口だとわかった。空間全体が口になったようで、口の三方には鋭く尖った三枚の歯があった。それがリズムを刻みながら、すごい勢いで噛み合わさっている。もしあの歯に触れれば、真っ二つにされてしまうだろう。
いつの間にかビーチボールのクラゲたちが、青い風船たちにたくさん交じっている。何だか妙な雰囲気だ。
不安と恐怖に包まれながら、わたしはぐいぐい引っ張られて行く。すべての物が巨大な口の中に吸い込まれている。それはわたしも例外ではない。わたしは身体のバランスが取れなくなって、ぐるぐる回り出した。
巨大な口がどんどん迫って来る。三枚歯の動きに合わせて、シャキンシャキンという音が聞こえて来そうだ。その三枚歯がとうとう目前に迫ると、わたしは悲鳴を上げた。だけど、叫ぶだけで抗うことはできない。
強い力で引き寄せられたわたしに、すごい勢いで三方から歯が迫る。もうだめだ! わたしは目をぎゅっと閉じた。