> 風船たちの神さま > 壊れゆく虹の森

壊れゆく虹の森

 すぐ後ろから衝撃が伝わって来た。歯がみ合わさった振動に違いない。間一髪で噛み切られずに済んだらしい。
 と思ったら、今度は周囲からすごい圧力が襲って来た。絶対に死ぬと思うほど、わたしは押しつぶされそうになった。そんなわたしの中に、強烈な怒りと悲しみが四方八方から押し込まれる。身体は外から押しつぶされそうなのに、心は中から破裂させられそうだ。
 身体がつぶれそうになる恐怖と、心が弾けそうな絶望でパニックになったわたしは、何が何やらわからないうちに、強い力で移動させられた。と思ったら、再び圧力と絶望感の攻撃がわたしに加えられた。その威力はさっきのよりさらに強くなっている。
 わたしは自分が生きているのかわからないほど、放心状態のままぐるぐる回転しながら飛んでいた。どうやら外へ放り出されたらしい。
 しばらくしてようやく我に返ったわたしは、がんばって身体の回転を止めると、後ろを振り返った。だけど、もうさっきの怪物は見えなくなっていた。見えるのは無数の青い風船たちと、そこに交じったクラゲや手毬てまりたちだけだ。
 怪物の姿は見えないけれど、わたしたちを押し出す流れには、わたしを破裂させようとした、あの絶望的な感情が載っている。と言うより、この流れはあの強烈な怒りと悲しみそのものだ。
 おそらく間違いない。あの巨大な口の生き物こそが、偽の神の正体だ。
 対決せねばと、わたしは流れに逆らって偽の神の所へ戻ろうとした。あんな怪物に勝てるわけがないけれど、風船たちを救うためにはあの怪物と戦うしかない。だけど、心も身体もぼろぼろのわたしは、どんどん押し流されて偽の神から引き離されて行った。
 辺りは最初にいた所と同じ薄緑色になっていた。でも、風船たちはみんな青くしぼんだままで、クラゲたちもたくさんいる。みんな何も言わないけど、わたしと同じ目に遭ったはずだ。
「みんな、大丈夫?」
 風船たちに声をかけたけど、なかなか返事は返って来ない。風船たちもかなりダメージを受けたのに違いない。
 それでも、しばらくすると風船たちの方が、わたしを気遣きづかい心配してくれた。何て優しい子たちだろう。わたしはせつなくて泣きそうになった。
 次から次にあの嫌な感情が、追い打ちをかけるように押し寄せて来る。わたしは少しでも対抗しようと、みんな、大好きだよ!――とできる限りの大声で叫んだ。
 ――神サマ、アリガト。
 ――神サマ、大好キ。
 あちらこちらから風船たちのうれしそうな声が聞こえた。風船たちを元気づけるつもりが、自分の方が元気づけられた。
 わたしは何としてもあの偽の神と戦わねばと、決意を新たにした。だけど、決心ばかりで方法が思いつかない。
 あそこまで巨大な相手と、どうやって戦えばいいのだろう? 今回は噛み裂かれることなく無事に通り過ぎた。でも、あの歯に噛まれてはおしまいだ。
 それに歯を避けられても、さっきみたいな目に遭わされて、あっという間に放り出されたのではどうしようもない。
 しばらくして、行く手を二つに分ける壁が現れた。その先へ進むと、また道は二つに分かれる。そんなことを何度か繰り返すと、またもや道は狭い洞窟のようになった。そこを通り抜けると、わたしたちは透明な木が密生した、不思議な森に出た。

 わたしの背丈の何倍もある森の木々は、どれも同じ種類の木だ。周囲にいっぱい伸ばした枝には、葉っぱが一枚もない。幹も枝もガラスでできているみたいに透明で、向こうが透けて見える。でも触ってみると、ビニールのように柔らかくて温もりもある。
 最初に森を見たときには、何か透けて見える物がたくさんあるとしか思わなかった。
 でも次の瞬間、森全体が七色の光のグラデーションに包まれた。わたしは驚いて言葉も出て来なかった。疲れも忘れ、ただ茫然ぼうぜんとその美しさに見とれるばかりだった。
 木の幹や枝は虹色の光の通り道だ。根元から幹の中を昇って来た七色の光が、すべての枝へと伝わって行く。枝の先まで光が届くと、そこに虹色の花が咲く。花はわたしの手ぐらいの大きさだ。
 虹色の花というのは、七色の花びらがあるのではない。花が色を変えながら光り輝くのだ。花は赤から紫まで、虹の七色どおり順番に光って行く。最後の紫色に輝くと、花は細かく砕け散るように消えてしまう。あとには卵ぐらいの大きさの、雪のように真っ白な丸い実が残る。
 風船たちは木に群がってこの白い実を食べる。とは言っても、風船たちには口がない。正確には食べると言うより、吸収すると言う方がいいのかもしれない。
 とにかく風船たちは次から次に白い実を食べて、青い色から赤い色に変わって行く。
 風船たちの数もものすごいので、せっかくできた実はすぐになくなってしまう。だけどその頃には、再び木の中を虹色の光が昇って来て、枝の先に新たな虹色の花を咲かせる。それがずっと繰り返されるから、白い実が足らなくなることはなさそうだ。
 わたしは近くにできた白い実を、手に取ろうとして指で触れた。すると、それだけで実はすっと消えてしまった。同時に、実に触れた指先から全身にさわやかな感じが広がって来た。これは風船たちがくれる、あの爽やかさと同じだ。
 きっと、この白い実こそが元気のもとだ。風船たちはこの実を吸収して、他の仲間たちに分け与えるのだろう。
 わたしはこの世界のことが、ほとんどわかっていない。でもあの大蛇たちのように、その場から動けない者たちが、他にもたくさんにいるのかもしれない。
 風船たちはそういう者たちに代わって、この森へ元気を集めに来ている。それは何の見返りも求めない、優しく高貴な行いだ。
 人間もこの風船たちを少しは見習うべきだと、わたしは思った。

 わたしが虹の森に見とれていると、黒いとげとげしたイガグリのような物が、どこからか二つ並んでふわふわと飛んで来た。一つの大きさはソフトボールくらいだ。
 二つのイガグリは互いの接点を軸にして、くるくるとゆっくり回転している。その回転があるからなのか、風船たちを動かす流れに逆らって動けるようだ。
 次の瞬間、近くにいた風船にイガグリが接触した。風船はたちまち破裂して、ばらばらになった。驚くわたしの目の前で、イガグリは次々に風船たちを破壊し続けた。
 イガグリが壊すのは風船たちだけではない。森の木の枝にイガグリが触れると、枝はガラスが割れるように砕け散った。幹に触れると、木全体が砕け散った。
 きっと、これがあの白いヘビが警告していた敵に違いない。
 イガグリは次第にわたしの方へ近づいて来る。まるでわたしに狙いを定めたみたいだ。でも、わたしは恐れよりも強い怒りを感じていた。大切な風船たちを殺し、みんなの森を破壊するなんて絶対に許せない。
 わたしに攻撃手段はない。せいぜい威嚇いかくの大声を出すぐらいだ。でも、そんなことでイガグリは止まらない。とうとう、わたしのすぐ近くまで寄って来たけど、わたしは逃げなかった。と言うか、本当は固まってしまって動けなかった。
 目の前までイガグリが迫ったとき、わたしは自分が消え去ることを覚悟しなければならなかった。
 そのとき、上から何かがにゅっと伸びて来た。それは、もう少しでわたしに触れそうになっていた、イガグリに覆いかぶさった。
 固まっていたわたしは頭も身体も動かない。目だけ動かして上を見ると、そこにはビーチボールのクラゲが浮かんでいた。
 何とクラゲには、ちゃんと足が生えている。中心にある目の周囲から、たくさんの足が出ていて、そのうちの一本が、わたしに迫っていたイガグリを捕らえて、自らの中に取り込んでいた。捕らえられたイガグリはクラゲの足の中で、外へ出ようと藻掻もがいているようだ。
 イガグリを取り込んだ足は、しゅるしゅると縮んで胴体の中に隠れた。それで、足の中に取り込まれていたイガグリも、一緒にクラゲの胴体の中に移動した。
 クラゲの胴体の中には、鋭い牙がたくさん生えた小さな口がいくつもある。それがイガグリを周囲から細かく食いちぎっていった。
 見えるのは口だけだ。まるで透明の魚みたい。でも、噛み砕かれたイガグリの破片は、動く口と一緒には移動しないで、その場に漂ったままだ。つまり、動く口には体はなくて、本当に口だけのようだ。
 よく見ると、他の所にもイガグリが出現していて、クラゲたちはあちらこちらでイガグリを捕らえていた。
 クラゲの足の先には、マカロニの穴のようなくぼみがある。その窪みを素早く広げてイガグリを捕らえ、そのまま足の中へ取り込んでいた。
 でも中には捕獲に失敗し、伸ばした足をイガグリのトゲでちぎられるクラゲもいた。ちぎれた足は縮んで小さくなり、最後にはガラスのように細かく砕け散ってしまった。
 これが人間の戦いだったら、戦えない者は我先に逃げるだろう。だけど風船たちは、イガグリとクラゲの戦いなどおかまいなしに、夢中になって白い実を食べている。仲間がイガグリにやられても騒いだりしない。
 だけど、そのように風船たちが淡々とやるべきことをやっているのは、仲間への無関心からではなく、使命だからに違いない。風船たちが世界中に元気を運ばなければ、そこにいる他の仲間たちは死滅するだろう。風船たちも命懸けで働いているのだ。
 わたしはイガグリがどこから来るのか、確かめてみることにした。
 途中に現れるイガグリを避けながら、森の奥へと歩いて行くと、全体が真っ黒に変色した木を見つけた。他の木が虹色に輝いても、この木は輝くことなく、ずっと黒いままだった。
 木の周りには、イガグリが群がるように浮かんでいる。集まっているクラゲたちは、忙しそうに足を伸ばして、次々にイガグリを捕らえていた。クラゲの中には、捕らえたイガグリの残骸で、全体が真っ黒になっている者もいた。
 真っ黒になったクラゲは、イガグリを捕らえるために伸ばした足までが黒かった。イガグリを捕らえた足を、胴体の中へ引っ込めたそのクラゲは、そのまま固まったように動かなくなった。次の瞬間、クラゲは崩壊した。
 崩壊したクラゲの表面部分はちぎれた足と同じように、ガラスみたいに粉々に砕け散った。でも、真っ黒になった中身は砕け散らずに、割れた卵のようにどろりとなって下へゆっくり落ちて行く。
 飛び散ったクラゲの皮の破片は、きらきらと光りながら辺りを漂い、わたしの方まで広がって来た。よく見ると、漂っていると言うより、ひらひら舞っている感じだ。その様子は、とても小さな透明の蝶々のようで、見とれるほど美しかった。
 だけど、じっくり見ている暇はない。それに、この蝶々たちはクラゲの死骸の一部であり、見ていて悲しいものだ。
 数え切れないほどイガグリがいる状況は変わらない。他のクラゲたちは仲間の死を恐れもいたみもせずに、必死な様子でイガグリを捕まえている。それを続けると、自分がどうなるのかがわかっているだろうに、それでもクラゲたちは戦いをやめなかった。
 そんなクラゲたちの奮闘にもかかわらず、イガグリの数は減っているようには見えなかった。むしろ、どんどん増えて来るようだ。
 どういうことだろうと思い、わたしはじっと辺りを観察した。すると、黒くなった木の枝先から、次々にイガグリが出て来ていた。木をよく見ると、中にイガグリが密集していた。木の黒さの正体は、中に詰まったイガグリだった。
 モゾモゾゴソゴソとうごめく無数のイガグリたちが、七色の光の代わりに透明の木の中を移動している。その数はここに集まっているクラゲたちの比ではない。
 それに、イガグリたちを捕獲するクラゲたちの動きも、少し緩慢なようだ。懸命に戦ってはいるのだけど、足を効率よく動かしているようには見えない。十本あっても、二、三本しか動いていない。残りの足はすることもなく、ぶら下がっているだけだ。
 イガグリを捕らえる足の伸ばし方も、素早く伸ばす者もいれば、疲れたように伸ばす者もいる。そんなのは逆にイガグリの餌食えじきになって、伸ばした足をちぎられてしまう。
 わたしはクラゲたちを応援しながら、どうしてこんなに動きが悪い者がいるのだろうと考えた。でも、すぐにその理由は推測できた。
 わずかではあるけど、ここにも流れがある。この流れは、やはり偽の神の呪いに満ちている。恐らくそれがクラゲたちの動きを鈍らせているのだ。
 クラゲたちは神のために戦っている。それなのに、その神からののしられるのだ。これではイガグリと戦うことが正しいかどうかもわからなくなるだろう。
 それでもクラゲたちが戦うのは、神を慕っているからだ。世界を守ることが神のためだと、信じているからに違いない。
 切なさの涙をこらえ、わたしはクラゲたちを鼓舞してまわった。
「みんな、がんばって! わたしはみんなのこと、わかってるからね! わたし、みんなのことが大好きだし、とっても感謝してるの! だから、絶対に負けないで!」
 鼓舞した効果があったのか、クラゲたちの動きがよくなり出した。ところが、よかったと思ったのもつかの間、わたしは驚きで声が出せなくなった。
 音が聞こえる所ならば、パリンとガラスが割れるような音がしただろう。真っ黒だった木が壊れ、中に詰まっていたイガグリが、一気に外へあふれ出た。
 もう、ここにいるクラゲたちだけではどうにもできない。しかも、壊れた木の根の部分から、次々に新たなイガグリが、湧き出るように出て来ている。
 木が壊れて飛び出したイガグリの集団が、わたしの方へ向かって来た。近くにいた風船たちは、あっと言う間に破壊された。イガグリは上にも下にもいるし、横にも広がりがあって避けようがない。走ろうにも、わたしは身体が重くて素早くは動けない。
 もうだめだ!――わたしは逃げるのを諦めた。
 すると、わたしの前にクラゲたちが降りて来てたてになってくれた。
 たくさんある足で、必死にイガグリたちを捕まえようとするクラゲたち。だけど、イガグリの数はクラゲの足より多い。クラゲたちは次々に崩壊して行った。
 ――逃ゲテ! 神サマ、早ク逃ゲテ!
 クラゲと思われる声が、頭の中で叫んだ。次の瞬間、目の前のクラゲが崩壊した。
 わたしのために――わたしは泣き叫びそうになった。だけど、イガグリはその暇を与えてくれなかった。もう守ってくれる者はいない。
 そのとき、わたしはひどい咳に襲われた。それに合わせるかのように、突然つんざくような轟音ごうおんが振動となって鳴り響き、森全体が大きく揺れた。
 揺れと息苦しさでわたしは立っていられなくなり、地面にいつくばった。イガグリが迫っているのに動けない。もうだめだ。
 でも、一向にイガグリが襲って来る様子がない。それに何だか流れの勢いが強くなったようだ。イガグリたちは吹き飛ばされたのだろうか?
 顔を上げると、少し先の地面に裂け目ができている。そこに風船たちやイガグリたちが、次々に吸い込まれていた。
 見ていたわたしも吸い込まれそうになったので、必死に地面にしがみつこうとした。だけど、しがみつく物がなく、わたしの身体はふわりと浮いた。
 裂け目に近づくにつれ、引き寄せる力が強くなる。藻掻いてもどうにもならない。
 暗い裂け目が目前に迫って来た! そのとき、子供の声が聞こえた。
 ――神サマ、危ナイ!
 わたしのすぐ前に黄色い手毬てまりがいた。眠っていたはずのその手毬は、雨傘が開くようにバッと大きく広がった。その姿は八角形のたこのようだった。
 そうやって広がった手毬は、穴をふさぐように裂け目に引っかかった。他にも近くにいた手毬たちが次々と体を広げて、同じように穴の上に覆い被さった。そのお陰で、わたしは裂け目に吸い込まれるのを免れた。
 だけど、裂け目はその部分だけではない。すぐにわたしはその先へ引っ張られた。すると、次々に変化した手毬たちが、先回りをするように裂け目をふさいでくれた。
「助けてくれて、ありがとう」
 裂け目が完全にふさがり、わたしは手毬たちにお礼を言った。でも、凧になった手鞠たちは返事をしない。妙に思って触れてみると、柔らかかった手毬たちは、硬い石になっていた。
「え? どうして?」
 驚くわたしに、近くにいた青い風船が声をかけた。
 ――ミンナ、役目ヲ、果タシ終エタノ。
「果たし終えた? 死んじゃったってこと?」
 ――ウン。
「そんな……、わたしを助けるために……」
 ――アアスルノガ、役目ナノ。
 近くにいたかなりの数のイガグリが、裂け目の中に吸い込まれたようだ。だけど壊れた木の根元から、別のイガグリが次々に出て来る。
 ショックを受けたまま、わたしは顔を上げた。虹色に輝く木が数本立っている。でも、その向こうは――
うそでしょ?」
 森の奥の方は、見渡す限り真っ黒で、上空はどんより曇っている。いや、曇っているように見えたのは、クラゲたちがびっしりと集まっていたからだ。
 破壊された森の中では、クラゲとイガグリの死闘が繰り広げられていた。もはや風船たちが立ち入る隙はない。入ればたちどころに、イガグリに引き裂かれるだけだ。
 この世界は崩壊寸前なのだと、わたしは悟った。
 わたしは神さまなのに、何もできない役立たずだ。わたしは自分の無力を呪った。すると、それを嘲笑あざわらうかのように、偽の神が放った絶望の雰囲気がその濃さを増した。
 わたしは走った。身体は重くだるいけど、風船たちが流れる方へ向かって力の限り走った。時折、咳き込んで息ができなくなった。そんなときは必ず轟音と地震が起こった。
 新たにできた裂け目には、手毬たちが命を捨てて立ち向かってくれた。あそこに吸い込まれたらどうなるのだろう? 想像するのも怖いけど、木の根元からイガグリたちが現れたことを考えると、裂け目の中はイガグリたちの住処すみかなのかもしれなかった。
 咳が落ち着くと、わたしは立ち上がって走った。決して逃げるのではないと、必死に自分に言い聞かせた。
 みんな、わたしのために死んで行く。そのみんなを見捨てて逃げるのではない。この世界を救うために走るのだ。そう、わたしは偽の神と対決しなければならない。どんなに強大な相手だとしても。

 いつしかわたしは森を出て、薄い青色の空間にいた。
 空間は次第に広くなり、赤さを増した風船たちと一緒に、わたしは宙を舞った。後ろから流れに押されているのではない。前方へ引き寄せる力で飛んでいた。
 やがて空間いっぱいの巨大な口が現れた。今度の口は上下から、包丁のような歯が噛み合わさっている。でも、歯が二枚であろうと三枚であろうと、触れたら終わりなのは同じだ。
 どんどん引き寄せる力が強くなり、目の前に巨大な口が迫って来た。
「ちょっと、あなた! 神さまのふりをするのはやめなさい!」
 わたしはあらん限りの声を振り絞って、巨大な口に向かって叫んだ。だけど口の動きは変わらない。わたしの声など聞こえていないかのように、ガチャンガチャンと機械的に歯を動かしている。
 わたしは叫びながら、歯が開いた口の中へ吸い込まれた。あとは前とまったく同じ。わたしは身も心もぼろぼろにされて、噛み終えたガムのように吐き出された。
 無力感と絶望の中、わたしは怒りと悲しみの流れに運ばれるままだった。